生きたロブスターゆでないで 「苦痛感じる」―法改正へ英調査 …… 自然を知らぬものの成れの果てか、果ての成れか?人様は何様か?

時事通信社の記事である。


この調子だと、人類は滅びるだろう。優しさというより、何故私達人間が生きていられるのかすら分かっていない。
痛覚は捕食される側であれば、殆どが持っていると考えられる。植物でも葉っぱを千切ると、何らかの電気信号が茎を渡るという報告も過去には何度か出ていたはずだ。

痛みは何の為にあるかというと、危険を察知し逃げるために備わったとされる。弱肉強食の弱者が生き延びるには、痛みという苦しみが必要だったのだ。そして、その痛みというのは実はかなり太古に生み出されたもので、古典的なものだろうとされている。

痛みがないとどうなるか?それについて書いていこう。

人間にも痛覚があるのだが、実は痛覚をもたないで生まれる人も数千万~数億分の1の確率でいる。日本にも居たはずだ。先天性無痛無汗症と呼ばれる病気だ。

<痛みがない人の世界>

ここから先は恐ろしい内容も含んでいるので、痛みに繋がるイメージが苦手な人は読まない方がよい。次の項に飛んで欲しい。

痛みを感じるのは何故かを示すのは、この病気の人がどういう生い立ちをするかで分かる。
この病気の一番恐ろしい点は、生まれつき痛みがないことから、端から見て痛々しい行動でもやってしまうことにある。そのため、実は病気の実態が分かるまでは、3歳ぐらいまでも生き延びられなかっただろうと言われている病気だ。

何故と言われると簡単だ。痛みがないと、熱い物でも平気で触れることができる。体が大きく冷えるような冷たいものでも飲んだり食べたりするだろう。痛覚は冷たさ、圧迫、衝撃、熱さなどあらゆるものにおいて自分の体が傷つけられていて危険だと判断したら生じるものだ。お腹が痛いもそうだし、火傷や凍傷もそうだ。それは、普通の人なら生まれる前から既にあるとされており、痛ければ涙して泣き叫ぶことで、それを周りに伝え、かつ反射行動で身を引いたりすることで、自分から身を守る訳だ。

これがないとどうなるかというと、痛いという感覚が分からないため、痛みに対する恐怖が生まれない。だから、危ない行動を平気でするし、怪我をしても怪我をしたという認識を持たなくなる。骨折していても、周りが痛々しく見ても本人は平気であり分からないのだ。例え、腕がもげるような事をしても、痛くはなく笑っていられるかも知れない。

それが、無痛に生まれると言うことだ。


<天敵から逃げるものは痛みを知る者>

それを踏まえて言えば、天敵から逃れる本能を持つ物は、痛みを理解している生き物である。痛い思いをする恐れがあるから逃げるのだ。逆に言えば、日本など野生動物が都市部に入ってきているが、野生動物の侵入を防ぐには、人が彼らに痛みを与えて、追い払い。町に行くのは怖いと潜在的に親から子へ子から孫へと伝え続けさせることが大事である。それをやらずに、人の方が逃げたり餌をやったりするから、奴らは入ってくる訳だ。

話を戻そう。
痛みは、このように危険回避のための生き物に備わる機能である。そして、それは魚介類、甲殻類に限らず多くのものが備えているのである。


<痛いから瞬殺なら良いのか?>

では、痛みがあるから瞬殺すればそれは良いことなのかというと、そう思っているのは人種ぐらいだろう。
はっきり言うが、自然界の摂理において、痛いからひと思いに瞬殺して上げようとか思っている種はいない。鯨に丸呑みされて、胃液で溶かされるかもしれない。(いやその前に酸欠で死ぬかも知れないが、徐々にとかされる可能性もある)

サメに何度も生で囓られて最終的に……と言うことも有り得る。
自然界ではそもそも、皆が生き延びるために何か生き物を食べているわけだ。その結果、生き残った物が子孫を残すのである。

人が、それに対していただきますとか言っているのも、ある種では人だけが持つ理性によって信仰心が生まれた結果の産物に過ぎない。その信仰心は、人が群れて物を育てそれを採収したり、捌いて食べるという文化を生み出す中で、干魃や洪水によって成り立たないことがあるといった部分を、自分達よりも上の存在、「神様」「仏様」が見ているからという前提で考えるようになったからでもある。

その延長線上に、釜ゆではダメであったり、躍り食いはダメという社会思想が生まれているわけだ。

それはある意味、平和で食べ物などに事欠かず満ち足りた社会だから成立するが、実際にそれが人種という生き物の中で、未来に繋がる種なのかというと、そうでもない。多分そういう人々は戒律(信仰心)と命の天秤でいざと言う時に揺れることだろう。全員が戒律に生きるとは思わないが、生き残れる人は減ることになる。

結局生きるために、生き物を捕食して食べるということに禁忌を感じるようになるからだ。
私は国が(1人1人の人がどう思うかただの思想なので別である)、ここまですべきではないと思っているが、英国紳士や淑女は違うのだろう。


<人は自然か不自然か?>

人間はこの世界で、我々は自然ではないと既に思っていて、世界をコントロール出来ると思い始めているからこんな話になるのかもしれない。しかし、人間が果たして不自然なのかは微妙だ。この星にとって今、不自然な存在なら、既に地球を離れて他の星に地球のような世界を作り始めていただろう。コロナでここまで翻弄されることもなかったかもしれない。

ある意味で、人は不自然だと思うが、それは、自己矛盾が多すぎるからだ。何故今、○○に苦痛があるからという話になるのか?分からない。
それなら、特定外来種は何故各国で食べることもなく殺されるのか?痛みを感じなければ良いのか?家禽類はインフルエンザになっていれば、痛みを感じない方法で殺処分される。欧州でCluster-5(新型コロナのミンク株)が広がった時、ミンクは何故殺された?

痛みがなければこれで良いとしたらそれこそ、私は残酷であり、神様や仏様に背く行為だと思っている。人にとって害かそうではないか、人から見て痛々しいかそうではないかではいけない。大事なのは、誰もが生きるために、戦い、生きるために逃げているということだ。その中に人もいて、人と同じ価値観を共有したい生きものだけを優先したがる特性があるという現実に背を向けていることの方が、他の種から恨まれかねない怖いことだと思うのだ。

簡単に言えば、最終的に食べらて血肉になるとしても、病気の自分は死んで埋められても、元気な仲間、病気と戦っている仲間は助けてくれると信じていたのにということだ。そういう事も含めて、全体を見ている人は、それを発信しても良いが、英国が言えることではない。


極度な擬人化や敵視は結果的に人々の感性や考え方を狭める。これがある意味で、人でありながら人として不自然な部分だろう。そういう主義者がいるのは構わないが、それを国家がやりはじめ、最終的に世界にそれを求めるようになると(英国はそれをやりがちである)……それは紳士淑女ではなく、カルトかもしれない。そうならないことを祈るが、なりそうなのが怖い。





















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