ノーベル物理学賞受賞の真鍋氏を”日本人”と報じる報道の不味さ …… 現在は米国籍を持つ米国人で日本出身。

何というか報道のミーハーにはこのところ呆れるばかりである。
報道機関も政府もそうだが、海外で国籍を取得した日本出身者を日本人として扱うのはどうかと思う。彼らがその地で国籍を取ってから結果を出しているケースや、海外で結果を認められて日本を離れた人も多い中で、日本出身として扱うことは出来ても、日本人として扱うのが彼らにとって本当に心境として嬉しいとは限らないからだ。

成果を残してきた人で、外国籍を取る人の多くは、日本の評価が低かったからや、日本では研究できなかったからとかそういうケースも多く、確かに日本が育てた(出身者)ではあっても、日本を良く思わない人もいて大事な時には何もしてくれなかったくせにと、思われることもあるのだ。こういう部分は、日本人が日本でしか暮らしたことがないか、暮らすことが出来ず海外に出て行く日本出身者がどういう思いなのかを理解出来ていない証拠でもある。そして、それが報道や政府の人間のようないわゆる情報を利用する側に多いからこんな報道が為されるのだろう。

それから、ローカルニュースなどを放送している時間帯なのに、ニュース速報をこの程度で流す放送局もどうかと思う。

これは、日曜日のTBS世界遺産の途中に組閣人事の計画情報がボロボロ流れたのと同じような不快感に繋がるからだ。そもそも、これはニュース速報としておかしいと思わないのかということなのだ。ニュース速報というのは、その瞬間に放送しないと意味が無いほど命、社会、生活に影響を与える情報を今すぐ伝える時に利用するものだ。

具体的には、今日(2021年10月6日)も深夜2時台に東北で震度5の地震があったようだが

災害警戒情報
-これは非難や防災減災の役割を持ち、その瞬間に伝える事が災害や二次災害を防ぐことに繋がるため、空振りでも今日昨日何時にあったという結果情報より発生直後や直前に伝える事が情報として重要な意味を持つ。

現役議員・閣僚や現役実業家(社長など)の事件事故訃報
-これは政治、社会に対して動静を左右する恐れがあるため。場合によっては今この瞬間の社会から変化(政変や企業再編)が起きることもある。実際に現役総理の故小渕恵三氏が総理時代に倒れ、内閣総辞職となる事態が起きた。

国際政変・戦争など
-これは、物価の上昇下落などの影響が出る可能性があり、生活に直結する。そのため早いうちから伝えるべき内容である。


一方で次のようなケースは朝昼晩のニュースの中で報道すればよい。時間は問わず、何度か放送すればよい内容だ。

結婚・離婚のような報道
スポーツ大会の結果・賞の受賞
組閣前の閣僚人事(これは直前で変更になることがあるため、真正性が必要な報道では本来速報してはいけない)
出口調査での選挙の当確情報(上記と同じ理由)
その他、いつ聞いても結果が変わることはなく関係する一部の人以外に変化が生まれにくい情報。

である。

例えば賞の受賞は速報で流すべきと思っている人もいるかもしれないが、本来はニュース速報では流してはいけない情報である。
何故かというと、結果と行動はさして変わらないからだ。○○が優勝した結果を今そこでニュース速報してそれで喜ぶのも、その日の夜のニュースで知るのも結局は同じ反応になるからだ。好きな人は喜ぶかもしれないが、それは夜見ても喜ぶだろうし、翌朝知っても喜ぶだろう。それだけだ。

逆に、その話題が好きな人でも速報が流れる時間に見ている番組が大事だった人や、録画してでも残したかった人がいたら、その速報を喜べないかも知れない。無駄に音テロップ攻撃が流れるのだから……。まあ、何年か後の記録としては面白いが、その時はイラつく人も多いだろう。これが、人事1人決まる度に何分かおきに流れたらキレる人もいるはずだ。

そして、何よりこれら無駄に速報が多いことの問題点は、速報する価値が低い速報を何度も流すと、人はそれを見なくなると言うことにある。
要は、「嘘をつく子供」(通称:オオカミ少年)と同じ状況になるということだ。どうせまた対した情報ではないだろうと思うようになれば、速報は意味を持たなくなっていく。もっと言えば、テレビなどの番組にもマイナスで、折角見ていてもそういうことが多いと、もうみるのも辞めようかとなっていく可能性もある。

実際にTBS世界遺産のあれは酷かった。CANONはTBSに抗議しなかったのかと聞きたくなるレベルだった。


今回は、ローカルニュース中に速報が入ったが、速報するほどの内容では無かった。ローカルニュース局に伝達でもして、流して貰えば良かっただけだ。何故全国にテロを流さないといけないのかが分からない内容なのだ。
そして、外国籍(その国で帰化した歴)を持つ日本出身者を日本人として扱うのも問題だ。既に彼らは日本の人(国民)ではない。海外に生活拠点を移した日本で育った人である。もし、それを評価したいなら、ちゃんとそれを踏まえた報道をすべきだろう。

もしかすると、海外に生活拠点を置いたから、評価が今高い場合だってあるのだから。日本は報道がそれをやらないから、日本国民も含めて海外に去った優秀な人を見て、凄いとかいう阿呆な国になっているわけだ。

日本に海外から来てその結果を出した日本に帰化した外国出身者なら日本人として素晴らしいと評価出来るが、逆になっていることに疑問を持つべきだろう。日本はこのままでは優秀な人材が国から離れ続ける恐れもあるということだ。囲い込めとは言わないが、少なくとも日本で研究や成果を出せる人材を増やす為に日本出身者と日本人(国籍保有者または現在日本に生活拠点を持つ在住者)は分けるべきだろう。


ちなみに、これは都道府県でも言えることだ。

今その自治体に住んでも居らず、生活拠点もないのに栄誉賞とか税金から出している自治体とかある。馬鹿じゃないのと思うのだ。
もちろん、ふるさと納税で選んで貰っているとかなら別だが、そうでないなら出身者を自治体が高く評価してはいけない。
これを自治体で評価して良いのは、地域の人などが古里に貢献してくれた場合などに、銅像を自費や寄付で造ろうという故郷の自発的行動だけである。日本は町おこしの一環みたいな形で、都道府県や市区町村が税金を昔ゆかりがあっただけで今は貢献してない人に、撒いている辺り阿呆らしいと思うのだ。

まあ、そういう自治体は総じて、人口が減るんだけどね。何故なら、出て行って故郷に恩返しになることは特別しなくても、成果を残して時々帰省すればアイドルのように扱ってもてなしてくれる可能性があるのだから……。居ない方がメリットが大きい可能性すらある。
それを自治体に住む人すら理解しなくなっているのだから、笑えないのが日本だ。そりゃあ税は幾らあっても足りなくなり衰退するよ。そして、そういう方向が当たり前だと報道が伝えていて、それをこういう報道で体現しているのが本当に笑えないのだ。

この国はこのまま行けば、チヤホヤされたい人ばかりが残り、ストイックに成果を残そうとしている人や、成果に対して過大な評価をされるのが苦手な人(それらを煩わしく、または後ろめたく感じる人)は去って行く国になるだろう。


要は、評価する評するということは、ただ皆でお祭り騒ぎの報道をすれば良いわけではないのだ。その人が生活している基盤や生活範囲、これまでに支えてくれた人に対して、胸を張れる程度で、且つ彼らがおめでとうと言える程度でなければいけない。もちろん、昨今はそうではなく皆にチヤホヤされたいだけの人も多く居るが……。そういう国は国益に対して小さな成果に対して、多大な恩恵を求めるため増えていくと社会が衰弱するだろう。それを目指して日本は必至に報道したり、政府が喜んでいるのだろうが……。










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