反対だらけの開催国日本では高く、NBCが余裕をぶっこいた米国では低い東京五輪の視聴率 …… 日本は私はそう思ったというおままごと、米国はビジネス。

日本経済新聞社の記事である。


それから、東京新聞の記事とDEADLINEの記事である。

ついでに、日刊スポーツの大谷の球宴の視聴率の記事である。


まず、言えることは日本の視聴率は欧米の視聴率調査と比べて昭和的であり、ピープルメーター台数も少ない。ちなみに、米国ではニールセンが視聴率、CM視聴率などの調査をしているが、03年までの数千台規模から2019年頃には全米で4万台規模で調査をしていたようだ。さらに、テレビ以外のオンラインコンテンツやIPTVコンテンツ(Amazon,Apple TV、Netflixなど)の調査も確立するためのソフトウェア開発を行っているようだ。


だから、東京新聞の記事を見た後でDEADLINEの英語の記事を読むと分かるが、視聴人数と視聴人数がどのように推移したか、今後がどう予想されるかが分かる訳だ。(これは、NBCも自らで視聴動向を調査していることも影響している。)

ちなみに、日刊スポーツの記事で大谷のオールスターの記事も載せているが、米国では若者を中心にテレビでのスポーツ視聴率が下がっていることや、コロナ後の自粛ムードが解けていることもあって、テレビを見ないで外出などで他の遊びをしている人も増えていると思われる。

まあ、それを加味しても視聴率が低いことにかわりはないが……これが良くも悪くも記事にされるのは、スポンサーから見て視聴率が低いと、広告効果が低下するからだ。CMに同じ、金額を支払っていても視聴率が高いことを見越してCMして、低いのと、その逆では次回の開催に影響が出るからだ。テレビより、他が良ければ他に広告は流れるだろう。

今回のNBCでは少なくと開会式はWebも含めて悪かったようだが、だからてこ入れをしてこれから改善されていくかが注目される。


ここからは日本の話だ。

日本の視聴率は予想以上に高いという話が多いが、もっと低くなるだろうと思っていた人が多かったのだろう。私は、今のバラエティ体質のテレビ番組を考えると、高くなることを予想していたので、まあこんなものかなとは思ったが(家は見ていない、録画もしていない。ピープルメーターを付けていないので関係ないが、後でニュースでダイジェストっぽいものを少し見たぐらいだ)、世間はそうじゃないらしい。

この視聴率が高くなる可能性は、オリンピック前のコロナ記事にも書いたことだ。

これは、放送を見る際に、五輪より面白い番組がその時間帯に放送されていたのかどうかに依存するからだ。
概ねそういうコンテンツが放送されることは地上波ではあり得ない時代に入った日本では、そちらが高くなる可能性は大いにあった。


ついでに言えば、この視聴率がアテになるかも微妙だ。正直、調査対象が人口の割に少なすぎるからだ。少なくとも、米国と同等の視聴率評価をするなら、日本の人口だと1万~1.5万はピープルメーターがあるのが好ましい。それぐらいあれば、米国並みの調査になる可能性がある。

海外では正確性を高めるために、ピープルメーターをもっと増やす方向の国もあるが、ビデオリサーチでも、報道の世論調査もそうだが、日本は殆ど増えないという特徴がある。下手すると減っていたり、対象となる世帯の傾向が偏っている(これは世帯数が変わらないということは同じ世帯に長く契約しているケースが出てくる事があり人員や世代が偏る恐れを示している)可能性も高い。

さらに、Web視聴などの他のメディア視聴というのが上手くカウントされない。だから、どれほどの人が実際に見たのか、見ていないのかは分からない訳だ。
もっと見ている人がいたかも知れないし、逆にもっと少ないかも知れない。ちなみに、信用性はそれほど高くないが、今20代ぐらいの若い人の1-2割ぐらいは、テレビを所有していないそうだ。ラジオ生活やネット生活の人も多いそうだ。そのように見ると、5割はテレビ保有層の5割という見方になり、さらに下がることになる。


米国では全米視聴者数の方が参考値として使われることが多いが、日本では主に東京と大阪の率で示すことが多い。本来は日本全体の平均を示してなんぼだが、それをやらないのはそれが出来るほどの情報がないからだろう。まあ、年々テレビの需要が下がっているためというのもあるのかもしれない。これに投資してまで視聴率調査を増やすとコストが掛かるが、スポンサーが減っているテレビにそこまでする金などないという見方も出来る。


<視聴率の扱い方、捉え方も次元が違う日本>

米国の視聴率記事は、Webとの関係性や社会の情勢まで判断しようとうするものが多いが、日本は何というか見ない見ないで見ているじゃ無いかとか、そういう子供っぽい話が多い。これは、敢えてそうなるように、報道しているのもあるのだろう。そうすれば、少なくともテレビにとって短期的に痛いことは何もない。ただ、それを続けていると、既に下がっているテレビとその番組の信用がさらに落ち続けることも有り得るだろう。


他国では下がったら上がるために努力し、上がったら上がった理由と、人気のない層に対する模索をするか、CMを層に合わせるかなどの視点で考えるものだが、日本はそれをやっているのかすら怪しい。日本は、視聴率が高かったら見るべき番組と宣言し、視聴率が低い打ち切りだと転け落とすだけだからだ。そうやって、バラエティが量産されたのが日本だ。

昔は、もう少しどうするべきかを外の記事でも書かれていたはずだがそれもなくなり、足の引っ張り合いをする世の中で、視聴率調査もその足の引っ張り合いのための材料か、または見る気がない人でも、みんなが見ているから見ないと付いていけなくなるかもという脅迫観念を植え付ける過度な誘導程度しか行わず、徐々に他国のそれより質が下がる(他国が上がっているだけで、日本は上げないから相対的に落ちてくる)状況では、これを良いとは言えないだろう。


日本は、物事の善し悪しを、今が良い今が悪い、だから止めるべき、やるべきで見る傾向が強くなっている。そんな二者択一では今後何も出来なくなっていくというのに。どちらかというと、予想して当たらなかったとしたら、何故当たらなかったのかを分析して、次の自分に活かす方が、人としてこれから生きていくのに大事なことであり、組織として健全な成長の方向付けである。

米国で視聴者数を出す時には、何が問題だったか、何が好評の原因か、何が影響したかをマーケットの担当が経済新聞などで軽く示すことも多いが、日本はそれをせずに、政治的または企業的なメリットを圧しだそうとしている気が強い。それが結果的に、数字が果たして時代に沿っているのかどうかすら、考えない人を育ててしまう結果を生み出す。都合良く、やっぱりねとか、あり得ないとかいう話に持って行くわけだ。

それでは何も良いものは生まれないのだ。
これは、視聴率にしても支持率にしてもそうだが、その数字の正確性を顕すために、どれだけ毎年数値の信用度を上げるために、サンプルを増やしているのか、そういう報告も続けつつ評価を上げていかなければいけないし、同時に使う側も、そういう評価をして行く必要があることを、理解しなければいけない。

それをしないから、謝罪だ見るべきじゃないだ、私は開催賛成派、反対派だとか……何だそれという話が出回るようになる。別に好きだろうが嫌いだろうがどっちでも良いが、反対派だから賛成派だからという括りで相手の悪口を言うより、何故そうなっているのかを自分で考えることが出来ない人が増えていく現状を、危惧する人を増やす必要がある。このままいくとこの国は、皆が右に左にみんなの顔色を窺ってゆらゆらして、主張もまともに出来なくなり、そのうち瓦解するだろう。


米国等海外ではこれまでの視聴率の傾向からも、若者などがテレビ以外に向かったり、コロナ後で遊びに向かっている面が強く出ていると先に書いた。
日本は、日頃は視聴率など役に立たないと言っている人ですら、オリンピックを楽しみにしていた人は、これだけで評価をしたがる人もいる。そういう都合の良いようにネタにされる情報ではいけないのだ。ちゃんと評価するべき人が評価してこういう状況だったから、こうなったのだろうと意見を出し合える情報源とに使われる過去の役割に戻さないとならない。

要は、都合の良いプロパガンダと批判用に使われている時点でこの視聴率は既に役立たずで腐っていると言える。まあ、ある意味日本で視聴率が高くなるのは、そういうプロパガンダや非難の中で、実際に人々が心に秘めていることが出せないというのもあるだろうし、そもそも、数字が本当に機能しているのかすら分からないことも影響しているのだろう。今回が果たして本当に国民全体が行動したであろう正しい数値を出しているのかすら……現実を考えると分からないのだから。
















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