中国にウイルス起源調査団派遣へ WHO事務局長表明 …… 最初の一歩が始まるが……多くの人はきっと既に決めつけているだろう。

産経新聞社の記事である。今のところは中国起源である可能性が高いのでこれをやる意味はある(やらないと先には進めない)という前提でこの記事は書いている。

感染の傾向からみると中国はあくまで見つけた国であり、欧米での感染の動向を見ていると、必ずしも中国とは限らないのではないかという見方も出来ると今の私は思っている。そのためには、中国の起源調査も必須だがこれは本当にはじまりの一歩だ。しかし、果たしてその先に進めるかは分からないし、これで答えが出ても信用度がどこまであるのかは不明だ。


ナショナリズムの高まりの中で、あまり下手なことが言えない風潮になっていることや、中国と米国でこれを理由にした応酬があったからだ。日本でもそれに毒されている人は結構いる。科学として疫学として感染学として考えるなら、中国起源以外も含めて排除してはいけない気がするが、今のWHOではそれを述べる力も既にないだろう。結局は初動のミスリードが今回のWHOは多すぎたことが影響しており、今もWHOの態度の不味さは続いている。客観的な見地に問題があることが分かったタイミングで改善していれば違っただろうが……

<ウィルスの起源>

このウィルスが明確に新型として見つかったのは、武漢において12月だったのはほぼ確実だ。それを10日~20日余り隠していたのも確かだろう。
これが、ウィルス研究所(武漢研究所)から漏れたのかどうかも現時点では憶測に過ぎないため、科学のためには信じる信じないではなく、真実を調べないといけない。今回はたぶんそういうことだと思われる。

しかし、たぶん世間の報道などから見られる認識は違うだろう。
トランプ政権はそれを一時主張していたが、ボルトン氏の暴露本騒動などを見る限り、選挙キャンペーンの妄想だったり、ネット上のフェイクを拾った可能性もある程度に、証拠はなさそうだ。実際に、その後この話は打ち消されている内容も結構あるが、世界の報道では後になってこの話題が報道になるという逆転現象が起きた。米国の大学がこの病気を既に8月にはとネットの検索履歴や衛星画像で分析したとかそんな記事もあった。それが疫学的にどんな意味があるのかも分からない内容だが、記事なるのだから凄いなと思うが、それだけそれを信じている人が多くいて稼げるということだろう。
これは世論に浸透するまでの時間差があり、結局報道もそれに疑念を持っている世論の後押しを受けて変わっていった形でもある。1度出た疑惑は消えないのである。むしろ、ヒートアップしていく。

しかし、この病気の広がりを見ていると私には疑問がどうしても消えなかった。欧米の感染速度が当初から極端に早かったことと、年初に採取した検体からウィルスを分離したケースもあったという。武漢切っ掛けで見つかったのは確かだが、この病気同時に数カ所で変異体が広がった可能性もあれば、中国以外の別の場所で最初がはじまり、たまたま湖北省の11月に出たと思われる最初の患者が……ウィルスの原初だったとされた可能性もゼロでは無い。

以下はWikipedia ENの武漢天河国際空港の情報だが、武漢空港の発着便は大半が国内とアジアに飛んでおり、武漢が起源だったならアジアでもっと広がっていた可能性も高い。しかし、日本のウィルスは欧米からもたらされている可能性が高いと評価されている。(これは、6月のSARS-CoV-2感染力から考えるとほぼ事実で確定と考えられる。)

そのように考えた時に、武漢が起源でそこから広がったとして欧米が圧倒的に多くなったのが解せない。もちろん、免疫の差や生活様式の差があったからとも考えることは出来るが、それにしてもちょっと変だなと思う訳だ。

このウィルスが広がり始めた時に、日本では中国のように未知のウィルスをすぐに分離出来ずに右往左往している間に全国に広がるだろうと書いたことがあるが、それは他の民主国家でも同じ可能性があるというのも十分に有り得る程度に。

そうすると、起源となる場所はどことは特定できなくなる。最初に見つかった場所があくまで中国であったというだけで……。例えばアフリカ起源で中国武漢が最初に分離したのかも知れない(中国は人民元ビジネスとしてのアフリカ投資を活発にしている)。これだと、サファリビジネスや国連関連の支援で行く人が多い米国(航空便も多い)や、元々アフリカ植民地を持っていた欧州など、欧米でもそれなりの速度で広がる可能性がある。しかし、日本などアジア圏ではそこまで接点がないアフリカ諸国も多く、欧米を介したり中国を介して移動してこないと急速には広がりにくい。

といった見方も出来ないことはないだろう。

まあ、そもそもSARSにしても完全な起源を追えてはいないわけで、これもまた起源は分からない可能性が高い。
今回に至っては、世界No1の大国の大統領が、極端に中国を責め立てたのでより難しいだろう。例え中国だろうが、そうでなかろうが、結果的に1度出来た疑念は消えないからだ。これは、日本の政治などでも見られることだ。

WHOの調査で分かれば良いが、なかなか上手くは行かないだろう。憶測が根付いているので、先の先までたどり着けないか、辿り付いても、信じない人もいるはずだ。いや、それだけではない。現在進行形の問題もある。


<さらに厄介なことに……>

この病気の話では、各国の新聞社も微妙な話を広げつつあるのが厄介だ。以下は朝日の記事だが、BCG説のような話が当たり前のように語られるようになった。

最終的にそれがあったかどうかが分かるのは、ずっと先になるので、今の段階ではこれは研究対象でしかなく、これを推進するにしても憶測の域を出ない。研究者はその憶測を真実だと証明するために頑張っているわけだ。しかし、憶測の段階で日本も世界の新聞、報道各社も可能性があると大々的に伝えているため、どんどん真実の解明がやりにくい状況が始まっているようだ。

どういうことかというと、研究予算の付き方が変わるのだ。憶測として世間の関心が高い物に強く予算が入るためだ。

しかし、本来は起因する可能性がある全てを調べ上げてつなぎ合わせたときに、正しい答えに最も近いものが出てくる。要は、気候(緯度の差)がどれほど影響するか、地形の違いから生じる気象現象による湿度や温度も差もあるだろう。普段の生活様式の違いに伴う人と人との接触の在り方の差、食事の差、家の形や断熱性(密閉度)の差、エアコンや家電などの利用頻度の差もあるだろう。ワクチンの差や風土病の傾向、肥満に関わるような運動傾向もあるかもしれない。これらを可能な限り、影響度合いとして数値化していくと、やっと感染リスクに最も近い答えが出てくるわけだ。

ただ、報道機関は単に民衆が喜びそうな最新の憶測(研究の最初のフェーズ)の一つか二つ、多くても3つか4つを面白おかしく伝えて、稼ごうとしてしまう。
すると、有力な研究をしているように見える事業者や個人、大学のみにお金が向かうようになったり、彼らも他を考えなくなる可能性もある。
結果的に、狭い可能性の中で有力な答えらしいものが出てしまいそれがミスリードを生み出す。

実際に、SARS-CoV-2の拡散過程はその連続だった。今でこそ、北半球に関しては感染速度と重症化のペースが(北半球ではどの国でも重症化の率は以前より衰えているように見える。但し緯度が高い地域では予断を許さない地域もある)気候の影響なのか落ちているので、この問題も少なくとも日本では見られないが、このような報道姿勢だとまたやらかしそうだ。


<圧倒的多数が信じれば有力で正しい……ガリレオ裁判から変わらない問題>

ガリレオ裁判とはキリスト教における天動説信仰とガリレオの地動説との正しさに纏わる宗教裁判(異端審問会のようなもの)のことである。
ガリレオだけがこの地動説を説いていたわけではないのだが、彼がこの問題に対して勢い余ったのか、それとも心から正しさを掲げたのか、裁判にまで発展する形で教義(教会、司教、神父)と争った。まあ、結果的にこれが科学に基づく真実の大切さを知らしめることとなり、天文学やその他の科学の大いなる発展へと繋がった訳だ。

理論を様々な見知で立てて、それを証明する。その証明した物を、多くの人が評価し、それが正しいと判断された時に教科書などに掲載される。それが、科学や数学などの知識として与えられる学問だ。

しかし今は逆に進んでいるようにも見える。
それより以前に社会の形態が戻りつつあるようだ。いわゆる可能性が高い研究に早くからスポットを浴びせることで、それがまるで真実のように働くのだ。しかし、これはSTAP細胞のような危険性を持っている。捏造が起きると言うことではない。予算がそれで計上されてしまい、皆が信じている(期待されている)からこうあろうとすることと、実際に起きている現象を検証することの、間に飲まれる人も多量に出てくる恐れがあるということだ。

これが今のまま進めば、その昔ガリレオが融いた科学における真実を、意図するか意図しないかに関わらず社会の上層やマスコミなどが社会の人々に与えたい幻想(理想)で、塗りつぶす日が来る。それに一歩また一歩と近づいているような気がしてならないのが、こういう話だったりする。

どちらにしても調べていくことは大事な事だ。ただ、それが政治的に望まれたとか、多くの民衆がただそうではないかと言っただけで動いているのでは無いことを祈りたい。もし政治などが、科学の真実を動かす原動力に置き換わってしまっているなら、人類が科学によって豊かな未来を創造する力は今後これが本当の意味での科学的真実の探究に戻るまで、人類は退廃や荒廃へと舵を切るだろう。


科学は、どの分野であっても、最終的には教科書などに真実として残り、それが参考になったり、知識土台になる形にならないと意味がない。
しかし、政治や報道があまりにも先走ってしまって、理論的解釈や穴があるものをそうかもしれないと社会に信じ込ませてしまうように動いてしまえば、この科学は似非科学(社会に取って真実ではないか、真実であってもその効果が、望む効果に満たないもの)になることを忘れてはならない。今でもそれは広がっているが、それがもっと広がり続ければ、科学に支えられている我々の高度文明はいつでも退廃へと舵を切るだろう。

それをSARS-CoV-2が教えてくれているのかもしれない。







































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