最高気温27・8度、在宅勤務の父親が車内に2歳の娘忘れる?…7時間後に気づくも死亡 ......長女の心や今後の学校生活が心配。そして、思い込みの怖さにも注意。

読売新聞社の記事である。何でこんなことになるかな~と思うのは、私だけではないだろうが、日頃子供を保育園などに預けていて、預けたつもりになっていた場合で且つ、子供が寝ていたりするとこういうことがあるのかもしれない。亡くなられた子のご冥福をお祈りする。

<長女の心と生活が心配>

心配なのは長女を小学校に送って、長女を迎えにいって、そこで気が付いたとしたらその長女が最初にそれに気が付いた可能性があることと、長女を学校に送ったとあるが、もし本来その長女が自分で歩いて通っている中で、たまたま送り迎えを受けたようなことがあると……長女自身が病む恐れがあること。さらに、父親がそういうことを犯したという現実があると、学校生活でもその影響(虐めなど)を受ける可能性がある点が心配だ。

日本という国は、基本的に実子でも殺せばかなり厳しい反応を本人はもちろん家族にも向けるものだと、近年は分かってきている。
そのため、その娘さんが学校などで心ない言葉を投げかけられたりする可能性はあるだろうし、ぐったりしている妹をもしも見ているなら、かなり苦しいはずだ。亡くなったお子さんのことも、確かに残念ではあるが生きているお子さんのことを世間の大人はもっと考えて、意見をすべきかも知れない。

<父親を責めても亡くなった人は戻らない>

父親の件も一応書いておくと、彼自身が忘れていたというならそれ以上あり得ないとか、そういうことを言っても意味が無い。子供にあまり興味を持たない親もいるだろうし、会社で何かあってそれに気持ちを向けていたら、一杯いっぱいになる人も世の中にはいる。自分の視点や能力と誰もが同じ訳では無い。30代で若年性認知症や記憶障害を患うという病気の人もいて、それだとこういうこともあるかもしれない。彼を責めても彼の彼の家族にとっての娘さんはもう戻ってこない。彼が家族にとって良い父親だったなら、世間が責めるよりも遙かに「彼は」取り返すことの出来ない失敗の責任を今後背負うだろう。

彼にも、理由はきっといろいろあったのだろうが、結局はその理由に逃げずに償うしかない。
もしかすると、今の仕事ももう出来なくなるだろうし、それなりの苦労を味わうことだろう。それでも、長女がいて家族がいるのだから、塞ぎ込んだりすることなく、罪を償い生きて長女を大人にしていくしかないだろう。

まあ、ろくでもないなら、裁判などでそれが分かる事だ。それがわかった時にはじめて、父親の問題を語ることが出来るのである。


<思い込みの怖さ>

子育てをしている人は、そういうことは絶対にないとは思わないことが大事かも知れない。子供の行動から目を離して事件や事故に遭うのも、目を離す時間の長さが著しく違うため、つなぎ目がないように見えるが、実はこれと似ている。まともな人なら、あの時こんなことをしなければ、目を離さなければと思うわけだ。
殆どの人はこういうことにはならないが、今回のようなケースを防ぐには、とにかく車を降りた後に後部座席のドアを開けて、中を確認することだろう。ミラーで確認した。窓の中をチラッと覗いたではなく、開けて中を覗くことが大事だ。いないと思い込んでいると、視覚にちらりと見えていても、見えないと錯覚するからだ。これが人の思い込みの怖さだ。

家の鍵を掛けたと思っていても掛けてないとか、車だとパーキングブレーキを入れているつもりが、入っていないというのも時にあるかもしれない。
これらに共通しているのは、いつも行っている行動は無意識に行われているからだ。しかし、何か咄嗟な事が起きたり、予定にない何かがあったり、極度の緊張などが生じていたり、考え事をしているとその無意識の行動を最後までせずに、考え事の方に意識が向かう。すると、手順が抜けてしまうのだ。

そして、意識的にやったかどうかを思い出そうとすると、やっただろうという認識が強ければ、やったときの記憶が勝つから、やり忘れていてもやっていると思い込む。

もう少し分かり易く言えば、家の鍵を掛けたかどうか心配になって家に戻ったとき、鍵がかかっていたことは誰にでもあるはずだ。これは、その人(自分)が慎重だったと思うだろうがそうじゃない。これは、無意識に掛けていた鍵に対して別のことなどを考えていて、作業の過程を覚えていないのだ。実はやり忘れに繋がる一歩手前の行動をしていたが、結果的にやっていたので大丈夫だったというわけだ。

それを何度かやると、たぶんやっているから大丈夫と思うようになるはずだ。そこにいたる前に、そういうやったかな?と心配になることが多いなら、やり方を変えた方が良い。要は、毎回ちゃんとその作業をしているという認識をもってやらなければいけないということだ。指さし確認をするとか、○○はOKと声に出すとか、そういう作業をするということだ。

この思い込みが多いと、事件や事故が本当に起きやすくなる。だから、自分の認識が曖昧になることが多いと思うことが増えたなら、特に絶対にやらなければいけないことは、自分で意識的に認識をやるべき事に向ける必要がある。それをやらずに、ボーと惰性でやっていると事故や事件が手招きして、気が付いたら今度は自身が新聞の記事になっているかもしれない。


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