「楽しくない」「友達できない」 感染対策で学校ギスギス―新型コロナ …… 大人のための社会の弊害。

時事通信社の記事である。私にはよく分からないのだが、何故ここまでというところはある。

そもそも、同じ建物内に感染者がいて1時間から2時間以上一緒に生活するなら、よほどの換気性能のある施設でなければ、ほぼ確実に感染するだろう。発症するとは限らないだけで……。子供の場合は、発症率が年齢が高い人より遙かに低いので(それでも発症する人はいて、亡くなる人もいるがかなり少数であることが既に分かっている)、何だろうなと思うところではある。

大人の事情で極端に抑え込む必要があるのかどうか、それが子供の情緒に対して良い方向に進むのか、もしこれで昨日の高校生の拳銃自殺ではないが、そういう悲しい方向に将来向かっても良い話にはならないだろう。こういうのは、今に対する影響ではなく、もっと5年10年先の未来に対してどういう影響を与えるかで考えないといけない。しかし、大人社会では近視眼や自分の経験程度でものを見てしまう。子供が人と接して、何を考え何を選ぶかは、子供自身が経験して決めることだ。ある程度は、その子供世界に対して寛容を見せる必要はあるだろう。これは、親も子も世間もそうあるべきだ。

むしろ、問題なのは高齢者や大人社会の方が、遊び歩くこともあったわけで、子供に辛い状況を強いれば良いわけじゃない。彼らだってこれまでしっかり我慢してきたのだから、ある程度は許すべきであり、それを親も学校も、社会も認めるしかないのだ。その代わり、校内感染が広がることがあれば、オンライン授業などが出来るように、今できる準備を急ぐのが大人社会の仕事だ。

そもそも、食事中の会話を完全禁止するより、座る位置に気を付けることの方が大事な気がするが……会話をする場合は対面ではなく、横などで接するのが好ましい。もちろん、相手がスーパースプレッダーなら、開けた環境(部屋の中ではどんな距離でも実は感染抑止は不可能、発症の抑止や重症化の抑止はある程度出来るだろうと考えられる)において、横で最短90cm、対面で1.8m(通常)~9m(くしゃみの場合)離れないと感染する可能性が非常に高いが、それがなければ基本的に対面での食事を禁止するようにすれば、ある程度会話をしても影響はほぼないと思うが……どちらかというと、子供が対象の施設では子供同士の接触をある程度仕方ないと容認する代わりに、換気の方を重視するしかないだろう。

まだ、今の時期は湿度もそれなりに低く30度を超えても汗も乾き、水分補給さえしていれば何とかなるからだ。
問題は、7月~9月の真夏になった時に、エアコンを使うことで密閉空間の空気を循環させるという問題が出てくることだ。たぶん、子供の現場で本格的に影響が出はじめるとしたら、食事で会話をしないとかよりも、この期間の感染拡大である。

そして、たぶん今からギスギスをやっていると、その頃には子供も学校側も耐えられなくなり、今やっている対策は殆ど瓦解しているだろう。むしろ、あまり無理にやっていると後述する虐めなどの別の問題が深刻化しているかも知れない。


<どうしても禁止が多くストレスを与えるならば……代替案が必要>

尚、どうしても会話等がダメだと言うなら、クラスの中でスマホなどを使わない文通などを行ったりというのも手だろう。また、接触を持たずに遊べるゲームを授業の一環として皆で考えても良い。おしゃべりにしても、鬼ごっこなどのごっこ遊びにしても、ボール遊びにしても、全ては接触を伴うため、出来なくなるのが一番の問題点だ。ならば、それとは全く違って接触しなくともコミュニケーションが出来る運動遊びなどを考えることも大事かも知れない。

何よりクラス全体で助け合うという点では、喋らないことをゲームにしたり、一方で喋ることをゲームにすることも出来るだろう。年末の日テレ番組に笑ってはいけないがあるように、コミュニケーション手段を遊びや笑いの元にすることは出来るのだから、それを楽しむことで、友達を作りやすくするという手もあるだろう。

ただし、全部にストレスが掛かるような監視をしてはいけない。大事なのは、メリハリであってどこかでは気を抜けるようにするとかしないと、そのうち、隠れてそういう行動に及んだり、または過度なストレスが虐めなどの原因になることもある。それが起きたら、折角、この病気を乗り越えたとしても、その頃をギスギスと育った子供達は、自ら命を絶ったり、事件で人を殺めたりすることだって有り得る。


<大人でも一定数は守らないことは、子供には苦行>

そもそも、大人でも一定の人数が守らないような厳しい措置は、子供だと長くは守れない。それは、子供自身の身心がそこまで耐えられないということだ。無理に抑え込めば、彼らの好奇心や向上心を抑え付けることになるだろう。

それが、結果的に彼らが大きくなった後に、我々社会で彼らを新社会人やこれからの社会を支える大人として見る人々にもマイナスの影響を与えることになる。近頃の若いもんはというのが、いつの時代も大人のセリフだが、それを短期的な大人の都合が育ててしまうことも間々あるのだ。

その上で、苦行にならないためにはどうするか?を模索するのが大人の役割になる。学校が考えることだとかそういう話ではなく、学校や教育機関から感染者が出ても、ある程度は教育機関の非を問わずに、多くの子供がいる以上仕方ないと認めることもそうだし、外からでも内からでもどうすれば、子供が子供同士でのびのびとコミュニティーを築けるかを考えることは、重要だ。

何より、大人も頑張って我慢しているから子供もずっと先まで我慢だというのは、きっとこれから少子高齢化をさらに加速させることにもなりかねない。何故なら、大人になっても我慢している訳で、子供の頃も我慢しているのだから……そんな世界で何が楽しいのか?ということになる。そうならないために、本来は子供が多くの子供や大人と触れ合って考え方の違いを知り、自分の楽しみ方を模索するのが、子供の時間なのだ。

まあ、短時間で感染が終わるなら1年だけの話なのだろうが……子供時間の1日は結構長く、沢山のことを学ぶので馬鹿にならないのである。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント