東京五輪のマラソン、札幌で開催を計画=IOC……日本の組織委員会はそれに対して、怒るだけ?

私がみるスポーツはJ2の贔屓のチームの試合結果と野球、後はワールドカップ最終予選に入ってからの日本男子サッカーぐらいである。冬はフィギアスケートも多少みるが、最近は飽きに陥っている。一時期よりスポーツ大会の番組は見なくなった。理由は、ニュース番組で取り上げすぎて食傷に陥ったからだ。興味があるから本戦の番組を見るのであって、この選手がこれだけ頑張ったとか……そういうのをニュースでやるのは止めて欲しい。

どの選手も場合によっては、優勝できない選手の方が、時間の全てを使って頑張っていることだってある。だから、結果が全てではあるが、結果にいたる練習の過程などまでニュースで取り上げるのは避けるべきだ。ああいうのをみると、この国は終わっているなと思う。その人がそれほど注目されているなら、人物ドキュメンタリーを、阿呆なバラエティ番組の一本でも無くしてゴールデンタイムにでもやれば、視聴率が取れるかも知れない。

そういうのが、積もり積もって、オリンピックも興味を失い(来年の東京五輪中はニュースの9割以上がそうなることを見越して考えると、ウンザリする)。
ラグビーワールドカップの日本代表押しのトップ報道などをみると……バレーとか、野球とかはどうでも良いのですね?とかいろいろ思う。

その結果が、以下なのかも知れない。IOCの態度も遅く悪いのだが、日本のオリンピック組織委員会も、判断が甘かったと言うことだ。社会全般の動きとして、一つの問題に対して多角的に考える力が欠如し始めているのだろう。


<アスリートファースト>

なのかというと、日本の選手は知らないが、海外の選手からみればアスリートファーストだろう。しかし、日本からみれば寝耳に水なんて話になる。しかし、良く考えて欲しい。マラソンでは今年ドーハで大量の棄権者を出したという状況だった中で、果たして日本の東京大会でその棄権者を出さないための対策は取れるのか?というと今の報道などを見る限りでは難しいだろう。

何故か?例えばドーハの20km競歩では首に保冷剤をまいた日本人選手が優勝したが、これを戦略の一つとして戦うのがスポーツになるのか?それとも、これが効果的なら、この保冷剤などの条件を皆が共有し、全員が同じ冷却条件で戦うのが好ましいか?暑さで棄権者がよほど出て命に関わることがあるなら、日本のチーム(選手)が暑さに強い理由の部分を開放しても日本が勝つぐらいの気概が無ければ、東京での開催をIOCが懸念するのは当然だ。

しかし、報道はそこに至らない。
むしろ、札幌が良い、札幌じゃ困るぐらいの話を相互に出すだけで、日本の組織委員会が持っている暑さ対策の要件が全選手にとって有効に機能する保証がないことに対する解決策をどうするかという問題には、全く触れていないのである。

今のままの報道や社会の流れだと、札幌になってごり押しされたと日本(東京)が言い出して、札幌になるか?

それとも、東京でそのまま行って、結果的に日本以外の選手が悲惨な状態になり、アスリートファーストは日本選手ファースト(Japan First)だったとなるか、どちらかだろう。後者になれば、日本で何か世界のお祭りのような祭典が催されることは減って行くかもしれない。


<東京でやるなら選手1人1人に効果的な対策が必須>

これは、計画であり実際にそうなるかは、今後組織委員会や東京都がどのように、暑さ対策を提示できるかである。
もし、どうしてもやりたいなら報道にあるような日本の選手は、対策を練ってきたから勝てるかもみたいなのをまず止めるべきであり、その対策のうち体に施せる対策を、選手全員に組織委員会から渡すぐらいの対策は必要だろう。それを予定していた選手がいたなら、その分日本選手の優位はなくなるが、それでも、コースや応援などで日本選手は有利だ。

その一つだけで、リスクをある程度緩和できる可能性がある。


一方で、そういうものを提示できないなら札幌が良いかは分からないが、東京からもっと涼しい場所に場所を移すのは仕方がないことだろう。基本的に試合は、開催国が有利で勝つことが全てだと日本人が思っているなら、そんな大会はすべきではない。アスリートもアスリートで、なんでそんな情けない話をしているのかという話になる。アスリートは運動選手(スポーツマン)である。スポーツマンにはスポーツマンシップがあり、それは限りなく公平に試合が進行すること、ライバルと可能な限り運動能力(自分の身体能力)や精神力の差で競うことが求められる。

もちろん、スポーツの内容によっては頭脳などの駆け引きもあるが、下手をすれば人が倒れ死ぬかもしれないほど過酷な条件下で、それを駆け引きの材料にするのはスポーツマンシップのかけらもない人々(選手)であるとも言える。

勝つことは確かに良いことだが、今の日本は勝つことばかりに拘りすぎだ。本来は、負けても良い。ただ、そこに至るまでの努力やその結果得られた経験、相手への敬意、尊敬などのその選手が持つ心や思いが評価されるべきである。

そのような社会に戻らないと、こういうことが頻発するかも知れない。
幾ら金銀銅のメダルを取っても、実際の社会で自分が犯した過ちなどに対して、向き合えない逃げるような人であるなら、それは優れた選手では無い。こういう人を極力生み出さないためにも、勝つこと勝ったこと以外のスポーツの本質を伝えることが求められる。

まあ、今の報道ではまず無理だろう。だから、私は最初に書いたように、自分が好きなスポーツ以外には特別な関心を持たなくなった。今はラグビーだが、負ければ応援しない人の方が今は多く、報道が沢山あるから応援している人も多い。4年後8年後にラグビーじゃない別のスポーツが日本開催で、そっちが報道の主流なら、きっと今ラグビーを応援している人の多くは、そっちのスポーツに釘付けでラグビーがそれなりに良いところまでいっても見向きもしないかもしれない。

そういう社会だから、こうなる。

組織委員会や東京都はこれに対して、ただ説明してくれとか、そういう話で終わらせるのだろうか?
まあ、私はオリンピックそのものに既に興味がないので、どっちでも良いが、今の状況だと、文句たらたらで札幌でも、熱中症患者を大量に出して東京みたいな話で折り合いは付かないだろう。結果的に、どちらでやっても、多少の問題が出ればそれだけであの時こうしていればという話になる。

情けないのは、結局IOC本部にも問題があるのだろうが、日本の組織委員会も、こんな質の低い報道になるレベルで、もう不満を出していることにある。計画段階ならそれ以上によい案さえ出せば潰すことは出来る。何故、それをせずに不満を出して、メディアにそれをリークしているのかという話だ。そして、メディアもそれでよく日本の組織委員会の言い分の方を正しいかのように流せるなと思ってしまう。

この国は、国内では外交が得意な総理もいるが……実際問題としてみると、風に揺られてゆーらゆーらして、自分達で対処を考えることもない国だ。責任を取りたくないから誰かを非難して、「ビジョン」(未来図)がないか、敢えてビジョンを出さないことで切り抜けようとしているのだろう。そして、その大元にとにかく1度決めたら何が何でも勝ち取ればよい(絶対に曲げない)ぐらいに思っているから、選手も勝つことだけに執着してしまう。


ただ、社会にしても生活にしても経済や企業にしてもそうだが、世間の動向に対して柔軟に協議し全体の総意を元に対処出来ないなら、その国は疲弊することを忘れてはいけない。会社だって学校だって皆がある程度納得して行動すると良いイベントやプロジェクトが行えるが、あいつが悪いこいつのせいだといっている部署やクラスの催しをみて素晴らしいと思う人は少ないはずだ。勝てば良いのではない、負けたことで結果的に勝利する(行動などが賞賛される)こともある。

それをまずもう一度考え、怒りよりも東京でやるなら何が足りないか?
札幌や他の地でやるなら何が問題かを冷静な視点でもう一度しっかり洗い出して、賢明な判断をすべきだ。


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