セミ成虫の寿命1週間は俗説!……八日目のセミは沢山いる。

共同通信47NEWS-山陽新聞の記事、中四国地区生物系三学会合同大会で最優秀賞を取った学生研究の話である。
これの素晴らしいところは、今もセミ研究を続けていて個体識別を鳴き声で行おうと試行している点である。これが、社会の役に立つとは言えない。ただ、(趣味でも実益でも)こういう地道な研究が子供でも大人でも出来ることは大事な事だ。

https://www.sanyonews.jp/article/909869/


<調べる意欲はGoogleだけでは培えない>

セミの寿命を研究しても、現状では実益になることは少ない。まあ、将来昆虫食が必要になったり、セミに価値が生まれてくると、これが意味を成すかも知れないが、その程度であり、商業的な価値がないため、多くの人から見れば時間の無駄であると切り捨て調べる意味を持たないのだ。

だから、一週間ぐらいと以前から言われていれば誰もが、「そんなものか」と思う訳だ。それが証明が不十分な俗説である。

ただ、実際にこの調査をした少年が述べているように、一週間で死ぬなら、セミが鳴き始めて1週間後にはセミの死骸が転がり始めるはずだ。しかし、大抵のセミは、鳴き始めてから2週間~3週間ぐらい経ってから見つかるようになる。
おかしいじゃないか、じゃあ調べようと思うかどうかが重要だ。

因みに、一週間で死ぬと信じる我々は、それが結果的に間違っていると報告を受けるまで、実際におかしいことが見えていても、見て見ぬフリをしている。正しくは、良く考えなくてもおかしい点はいくつもあるのだが、おかしいと思わないのだ。

世間ではこれを正常性バイアス(Normalcy bias/ここで言うバイアスは「思い込み」)大げさに言うこともあるが、そういう難しい話ではなく、もっと単純に言えば一つ一つの不思議を調べていたら、生きていけないという現実があり、自分が興味を持つものだけに人は、意識を向けそうでないものは、ある程度経験値からみちびき出された合理性に基づき情報を遮断し深く考えないようにするのだ。これは人が生きる上で持つ知恵でもある。


尚、子供の頃はこの思い込みが弱い。これは当たり前を知らないからであると同時に、当たり前を知ろうとしているからである。その時に、こういう興味が生まれてきて、親や周りがじゃあ調べて見たらどうだろうと後押しして、調べ方などを一緒に考えるようになると、こういう興味を開化させることが出来るかもしれない。

そして、それはGoogleに答えがあるわけでも、書籍に答えがあるわけでもない。
大抵は、自分で研究してみないと答えは出ない。だから、それが「好き」にならないといけない訳だ。


<大人が子供に学ぶ>

考えて見ると大人になるとこういう俗説に対して、考える事は減って行く。いや、減るどころか都合の悪いことは見なくなることも増えていく。社会事象全体に対して……。若い世代がこうやって、商業的価値がなくても、面白い研究を重ねていく社会を保つには、大人もまた子供と一緒に考えることが大事だ。

答えを決めつけてしまえば、そこから新しい発想は生まれはしないからだ。しかし、今は大人も決めつけてしまうことは何かと多い。研究にしてもまず常識を打ち破ることで生まれることもあるように、常識クイズなどで示されている今までの常識がこれからも同じ常識としてあるという発想は捨て、科学も技術も社会もこれからに見合ったものに昇華していくことが大事である。

まあ、世間が高齢化して、上に固い人がのさばり、それが出来ない人(組織)ばかりになっているから、こういう記事を心地よく思うというのもあるのかもしれない。


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