消費税の現状を考える……1人当たり平均の負担額、下げることは出来るのか?

久しぶりにデータ記事である。

しかも、財政関連の記事である。こういうのもたまには良いが、これ纏めるのに結構な時間が掛かってしまった。主に文面整理と分析で……。まあ、他にももう一つこれとは全く関係ない仕様の記事を書いているのだがこちらは、未定である。完成度が低くて纏まらない。どういう記事かも書けないほど悲惨である。まあ、そのうち公開するつもりだが、ボツになるかもしれない。


こうやって時々、書きたくなる時期が纏まって来るのだが、全部が全部実るわけではないのが、不思議なところである。




実は2016年に以下の記事を書いたのだが、あれから時間が経って、今になって閲覧している人もいるようで、この記事が正しいのかどうかなどを今になって考えるようになった。



考えて見ると、消費税がどれだけ徴収されているかは知っていても、1人当たりで幾らなのかとかちゃんと調べた事はなかった。そこで、そのデータを調べることにしたわけだ。


それが以下である。

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昨年の見込みでは1人当たり


約13万8861円の消費税を納付した扱いとなる見込みである。(後述するが予算なので見込み。)


一昨年(2017年度)は


約13万8224円を納付したことになる。これは決算なので確定である。


但し、消費税は個人だけの消費支出にかかるわけではなく、企業の購買でもかかる(後から一部還付が出来るが、基本的に企業も税の掛かるモノには税が必要になる)ので、全部が全部個人(一般の家計支出)から出ているものではない。それを理解して見て欲しい


各省庁で統計やら資料やらの偽装や隠しといった問題があるので、これが正しいかと言われると、信じるしかないだが、一応全て財務省と、総務省統計局が発行しているデータを元にしており、URLも掲載している。


それを元に、消費税額と、一般消費額(消費税を課税された消費額)を逆算し、

人口から逆算した1人当たりの年間消費額なども合わせて計算した。


データとして抽出した範囲は、画像記載の当該URLで2019年(令和元年)6月8日現在入手可能だったものを使っている。


<項目の説明>


では詳しく数字について説明しよう。


まず、人口統計は統計局のデータを元にしている。国勢調査の年はそのデータを元にしており、1人単位で数字が出ている。一方でそれ以外の年は、1000人単位となる。日付はその年度の10月1日現在(毎年5月発表)を元にしたものだ。人口は一番上の単位が1億である。


次に税収税法の項にある。決算・予算は執行状態を表す予算は、その年に要求している予算であり、実際に執行された額ではない。あくまで、想定している額だ。2018年の決算は調査時点でまだ出ていなかったので、予算を元にしている。他は全て補正も含めた決算(確定金額)であり、100万以下は四捨五入されている。その横が消費税率である。消費税収の上の桁は9~17兆単位となる。


税負担額は、1人当たり(赤ちゃんから亡くなる直前の人まで)の税負担額を、消費税÷人口で算出したものだ。負担増減率は、前年比の増加減少率である。



消費税対象消費額総額という項目は、消費税収から割り戻しを行って、実際に買った物品の金額を出したものだ。

内税の消費者が転倒で払った額と、税を除いて商品そのものの金額(価値)の2つを出している。

消費額の上単位は180兆~200兆単位となる。



1人当たりの消費額は、これを税負担額と同じように内税と外税で出したものだ。その年の全人口で割っているので、実際にどれほど1人の財布の紐が緩かったかが分かる。


CPI(消費者物価指数)は前年度比の%である。まあ、いわゆる物価上昇率だ。

消費税の項にこれを載せたのは、これを国内消費額の前年比と比較すると、1人1人の生活水準が上がっているか下がっているかが分かるからである。CPI物価が消費額より上がっているなら、基本的に生活は苦しくなっている可能性が高い。消費の増減率の方が上がっているなら、財布の紐が緩くなっており、沢山よいものを買おうとしていることを意味する。


但し、何度も書くが消費税は個人だけの消費支出に掛かるわけではなく、企業の購買でも掛かるので、その影響は計算していないことには注意が必要だ。まあ、その影響を加味すると余計に心配になるのだが……。



<苦しい家計の実態>


例えば、2018年度に物価上昇率(CPI)が0.7%上昇したとした場合、1人当たりの消費額が0.46%金額ベースで増えても、実質で沢山商品を買って生活は豊かになっているわけではない。実は-0.24%下がっていることになるという面白い計算が出来る。(まあ、CPIが物価指標の全てではないので、あくまで参考指標である)


2017年度は1%以上伸びているが、その前年が1%以上下がっているとか、計算していくと……消費者から見ると好景気という数字の危うさも見え隠れする。物価上昇によって確かに金額ベースでは前年より上がっていくのだが、人々の消費はそれに比べて増えないという現実が見えてくる。


即ち、賃金上昇率がそれに連動してないか、皆お金を使わず貯めようと必死と言うわけだ。


その結果、経済の数字は上がるが実際に物量として回る量や、回っている商品の質は下がっており、下がったものを探し選んで買っているという辛い状況を示す。


ちなみに、投資家や企業、及び当時の失業者(製造業関連の人)には嫌われているが、実は民主党政権時代の2009年~2012年の方がデフレの影響もあって、質の良い消費は伸びている可能性がある。こういうデータが出されることは今の日本ではほぼない。あの時代は常に暗黒扱いだが、私は円高の中での経済政策としては、悪くなかったと思っている。自動車など輸出業には苦しかっただろうが……あの頃の方が実は消費税を上げやすい環境であり、消費者側に立っていた可能性は高い。(あくまで、消費税などの観点ではということであり、政策全般では、良くも悪くもいろいろあったことは書いておく。尖閣問題後のレアアースの輸出規制とか……)


逆に言えば、日本は、こういう実態の総括をしない国になってしまっているのかもしれない。

国民より大企業や大口投資家に政治が向いていることを意味しているが、まあ、これが全て悪いとは言わない。これによって、一定の成長を維持しているのもまた事実であり、この成長というものが、日本の信用を維持しているという見方も出来るからだ。


ただ、後述するが消費税を10%に上げて良い環境かというのは……。私個人の意見を言えば、ダメだろうと思っている。



<消費税を5%に落とせば景気が良くなり、税収も増える?なんて嘘>



さて、ここからが重要だが、例えば消費税を5%に落とせば景気が下支えされ税収も増えるという話をする人がいるが、それは本当か考えて見よう。


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もしも、昨年度2018年に消費税5%にしていて、17兆5580億円の税収を得ようと思ったら、1人当たりの消費額は、291万6081円も必要になる。一言で言えば、1人100万今より金を使えということだ。

これは前年に比べて60%という内需成長が必要になる。1%や2%で苦労している中で、これはまず不可能な方法である。


逆に、有り得るのは上図3番目に記載している方だ。外税での1人当たりの消費額が173万5762円と2018年と同じ購買実績になるか、それより少し上向くパターンだ。この場合は、今より約6兆税が減る。まあ、よほどこれで景気刺激になり、5兆円減に留まると仮定して、法人税や所得税がそれをカバーするかというと、カバーしない。


まず、所得税は給与所得や雑収入が増えないと効果がない。日本の多くの人々は会社で給料を貰っているわけで、その給与所得が消費税減税したから増えることはたぶんほぼないだろう。そのため、これは殆ど変わらない。雑収入も株高ならとか思う人もいるだろうが、それほど額も増えやしないだろうし、何より日本の場合は内需より外需で経済が成り立っているので、外的要因次第で期待が持つとは言い難い。


一方で、法人税収は消費税より実は少なく12兆円~14兆円/年しかない。これが意味するのは、消費税を下げた減税効果があって、日本国内の売上げが数兆伸びたところで、5兆も増えないのだ。


即ち消費税を下げるという議論はまともな政治家や官僚なら誰もしない。する意味もないということになる。



そしてそれを、さらに逆手に考えると、消費税を1度充てにして予算組みをしてしまうと、今の低成長時代&人口減少社会では、もう2度と消費税は下がらないということも意味している。だから、下げるのは論外でも、上げるというのは慎重に議論していく必要があり、今まで税を使っていなかったことに対して、新設する目的で安易に消費税を上げるという発想をするのは好ましくないと考えないといけないのだが、まあ現状はそうなっていないのは、笑える。


では、ここからは消費税をもし、2018年にアップしていたらという前提で考えて行こう。



<2018年に消費税を10%に上げていたら……>



これも推定なので、あり得ないことだがまずは消費者が支払った消費額(税込消費額)が237兆(1人当たり187万4623円)と2018年の予算額と同じだったと仮定して、一体どれだけ経済や財政に影響を与えるかを考えよう。


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この場合、外税の物品の利益率(経済側の利益、内需)は、1.82%下落する。

一方で税金の負担額は13万8861円だったものが、17万420円までアップする。その結果、税収は4兆円近く増加する。経済は-1.8%犠牲になるわけだ。もしこれを消費のGDPに当てはめると、これがまるまる何らかの経済政策に使われない限り、GDPが総額540兆と仮定して、-0.7%マイナスになる。



これを2013年の実績に当てはめてより近づけると以下の表のようになる。(パターンは2パターン、範囲値で4集計)


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税収は19兆~20兆の範囲で2兆~3兆増す。一方で、商品販売額(企業の消費税対象売上げ)は196兆~207兆と219兆から一気に10~20兆下落することになる。これが、好景気の時期に行えばだいたい1年ぐらい続く。1年経過すると徐々に持ち直す。即ち、経済下落効果は最低で8兆となり、最大で20兆円(3兆が債務償還のみに使われた場合)落ちる。この範囲はGDP540兆円が標準として換算すると、年率1.4~3.7%の下落に相当する。


こんな計算になるわけだ。



<消費税が10月アップなのは何故?>



尚、10月にアップすると、駆け込み需要が9月まである。税金の集計は基本的に4月から翌年3月迄なので、間でやっておけば、駆け込みと、減退の両方を織り込むことが出来、見かけの財政事情が思った程悪くならないという理由が付けられる可能性がある。駆け込みが大きければそれが通る訳だ。


そして、10月から消費が落ち込み翌年の9月ぐらいまで続く、その後は景気が悪化していなければ前年同期比で成長が始まる。1年経過すれば、駆け込んだ人でも、その先食いによる消費停滞が終わり、買わざる終えない品も増えていくため、今まで通りに売れるようになる。


但し、不景気にこれをやると、翌年の10月を過ぎても景気が戻らない可能性はある。だから、消費税アップは好景気だと分かっているときにやるべきなのだ。



<消費税を充てにしているのは不味い>


ちなみに、このデータを調べる中ではっきりしたことがいくつかある。1つは、1人当たりの消費動向を見ると、金額ベースでは確かに消費が増え経済が上向いているように見えるが、CPIを加味すると、先に述べたようにちょっとマイナス傾向が見え隠れしているという現実もチラホラ見えるように感じることだ。


景気が良いのに、個人で見ると商品物価に対して、消費は節約傾向にあることが分かる。まあ、消費税は、企業も支払っている(企業の消費税は一部還付対象になっているものの企業も負担している)ので、設備投資などの増加から得られている分を加味すると個人消費はより厳しいかもしれない。


予想に反して、比較的良かったのは2011~13年というのも実はこれを出すまで私も知らなかった。消費も伸び、物価指数の伸びより、消費が高かったからだ。それ以降は横ばいか下降線で、金額ベースが増えたり減ったりという横ばいを示す。数字が伸びているから見えにくいだけで、物価連動の内需状況だけで見れば、2014年の増税でやらかしたままなのかもしれない。


消費額(外税の商品購買価格)も結構厳しい現状で、実は殆ど同じぐらいでホールドしていることも見えてくるので、消費者全体として、あまり消費を増やせない領域に突入しているのかもしれない。



ここで税を上げれば、確かに税を徴収する側は確実に数兆円の税収増が見込めて良いが……。外税での消費額が増えていくかというと、無理だろう。好景気が続いていれば物価の上昇に連動して、1年後から少し上がるくらいにはなる。現実はむしろ今だと下がり始めてもおかしくない。まあ、高齢者が減って行けば、1人当たりの消費は増えていくかも知れないが、さらに人口減少進む時期に入れば、それ以上に総額側の消費が減る影響も出てくる。


そこまで踏まえて、税金を増やすことだけでは無く、支出(歳出)を減らすことを国が本気で考えてくれなければ、話にならないが、それをやる気がないのが今の政治や官庁である。




<止められないドツボ>


今年最初のGDPが、殆ど公共投資に支えられている状況だったことは知られている。


経済の下支えが、古くからの公共事業や福祉活動になってしまい、それが、日本のGDP成長の結構大きなウェイトを占めるようになった。その結果、税を充てにして1度はじめた事を止めてしまうと、経済が低迷するという嫌な流れも生まれている。


それが、消費税の増税を止められない理由かもしれない。それが分かっていて、やり続けていれば今より景気が大きく落ちない限りは、暫く何とかなるからだ。


しかし、それが想定以上に下がり始めると、景気刺激策も打てなくなる。

経済政策でもっとジャブジャブ金を投入すれば大丈夫だろうと言うあなたは、甘い。


例えば、公共事業で4兆円の財政出資をしているとして、その事業を請け負う土建会社が日本全国から労働者をかき集めても、5兆円までの事業しか出来ないとしたら、倍の8兆円を予算計上して経済は潤い。労働者は増えるだろうかと考えると分かるだろう。それでは経済は成長しないのだ。ただ、労働者不足になり、4兆円で出来ていた仕事が5兆円になり、プラス1兆円分の仕事が部材や人材のやりくりを考えて2兆円で行われるかもしれない。そしたら残り1兆円が余る程度で、そこを新任の労働者や海外送金するような外国人労働者を利用して動かす……。


物価は上がるが、日本の景気が必ずしもそれで良くなるとは限らない。何故ならやっている仕事の量は殆ど増えていないからだ。物資も思った程使われないため、経済効果が薄くなる。


だが、公共事業を減らすと景気が落ちるなら、やるしかない。そんな経済である。

止められないドツボだ。


そして、日本で深刻な問題なのは、そのドツボが旧来の公共事業では無く、高齢者福祉産業や医療産業という部分に向いていることにある。福祉は1度始めると倫理感がウンタラカンタラと反発も多くなるので止められない。その上、福祉を削ればたいてい憲法等を理由にした訴訟になるので……1度始めて、その後止めると後処理が大変なのだ。

そして、その経済規模は今やバカにならない。


なのに、そこを制度的に未だに広げているから幾ら税があっても足りなくなる。もう破綻していると多くの人が思っていても、国がそれを段階的に減額しないのは、政治的な組織票はもちろん、景気も含めた市場の影響が大きいからであり、そこにメスを入れるのが怖いからかもしれない。


後は、あなたがその恩恵を受けたい側か、それとも健康だから受けなくても良いか?とか、自分に直結しているかいないかの差も大きいだろう。



<福祉やサービスを減らして税を今のままにするか?それとも……>


これからの選択肢は大きく分けて2つだ(間には沢山選択肢がある)。福祉やその他サービスを減らし、税を今のままか少し減らせる程度にスリム化するか?それとも、今後も福祉や医療を維持するために、税を増やし続けるかである。これだと2030年~40年頃までは少なくとも増やし続けることになる。


前者を取れば今の高齢者や中高年は大変かも知れないが(段階的に減らす政策になるので、全く死ぬような生活にはならないが、今計算上にあるような楽は出来ない。)、若い人は楽になるだろう。負担感が減れば、社会も上向きに考えるようになり子供も増えていくかも知れない。


後者を取れば、若い人は今後例えば、好景気でも税負担などを考えると、本当に好景気なの?と今まで通りに考えるだろう。何も変わらないが,何も変わらないから少子化も変わらないだろう。一時的にばらまいても、政策が手先足先でちょっと触った程度で、先が不安なら、意味はない。


まあ、これはあくまで持論であり、消費税の話とは直接関係しないものだが、医療費だけで見ても外来保健医療負担額を2年毎に1割アップで6割くらいまで段階的にアップするだけで、かなり効果はある。多くの人は6割までを容認するかはともかく、1割~2割アップぐらいなら仕方ないと思うだろう。(それでも半額保険適用があるので、薬局の市販薬よりよく効いて安いことが多いという逆転現象はまだ残る医薬品や材料は多い)、そういう部分に誰も議論の歩調を向けないから、消費税は上がり続ける訳だ。悲しいことである。



<税を考えるのは大事だが税だけで良いのか?>


もし、対応するなら消費税しかない?本当にそうなのかは考えるべきだ。今財政を圧迫しているのは、社会保障費だ。個人的な意見だが私は医療費の方は保険診療負担額を3割から4割または5割ぐらいまで見直せば、かなり改善するだろうと思っている。


90年代まではそれをやって来たが、それを2000年代からやらなくなったことで、財政はどんどん逼迫していく。これだけで、消費税を下げられるかは別としても、今を維持できるだろう。


そういう手もあるわけだ。あくまでこれは一例だ。もちろん、○○税を別に新設してそれを使う手もある。

国が行う政策を減らす手もある。こういう広い目線が求められるほど、消費課税前の支出は思った程伸びていない現実にもっと政治も、官僚も目を向けないと、いくら教育無償化をしても子供は増えないだろう。


金額ベースで成長しても、物価がそれ以上に上がっているなら、庶民の生活は苦しくなるからだ。経済にはプラスでも……。


社会経済は本当に複雑怪奇になってしまったんだなと思う。まるで、シーソーゲームやモグラ叩きのように、あっちを弄ればこっちがおかしくなるかなりそうだという状況が……。


だから、嘯くしかなく、最近の話で言えば、そんな報告書認めないとかいう国になるのかも知れない。


本当はそれはそれで受け入れて、どうすれば解決するかを議論するのが政治だが、議論もしない国だから、自分に火の粉が掛からないならそれでいいのだろう。そして、世の人々もそれで良いと思っているとしたら、末期的だ。


コルト様

コメントありがとうございます。

程度が低くて申し訳ありません。
一つだけ確認されて頂きたいのですが、コルト様のおっしゃる貨幣の仕組みに対して、どこが問題なのかが分かる書籍やWebサイトなりを教えて頂ければ幸いです。グローバル化の中で国内にしても海外にしても貨幣経済の仕組みについて、これが正しいという理想は違うと私は思っております。

個人的には、意見が異なるのは当然だと思っておりますが、出来れば批難されるのではなく、程度が低いと見下すのではなく、愚脳を育てると思って、肩を貸して頂ければ幸いです。そうしなければ、自分の意見がそれに感化されて育つことも、皆が意見を共有することも出来ず、自分の中だけの理想で終わりですから。ここではそういうコメントでないなら、今後ただの批難を書かれた場合は、荒しとみなして削除させて頂きます。


尚、一応書いておきますが、当該の記事は今は下げるべきとかそういう短期的な記事ではありませんし、実際の債務に対して国際的または国内的な思惑(投資債権としての展望-信用、与信と呼ばれるもの)は含まれておりません。この記事を書いた時点で、一つの視点として行政が出しているデータを元に考えたものに過ぎません。


hageさま

コメントありがとうございます。四連休の間とかネットとか見られず、今日になりました。
以前もコメントを頂いたことがあるのかな?興味深いご意見として楽しく読ませて頂きました。

>経済や財政というモンスターと遊ぶのはやめて、歴史的に税制のあるべき姿を論じると
>基本的に間接税は不正で要らない制度なわけです

直接税だけで成り立つなら間接税は要らないというのはその通りだと思います。
が、それだとタイトルには合わないのですよね。そもそも、直接税だけという議論になるとそれはそれで、今の行政や経済情勢に合わせて、いろいろ考えなければならない議論が出てきます。そんなまどろっこしい議論は、偉い人が考えれば良いという考えは私にはありません。

>消費税をゼロにしたら税収が不足するのであれば直接税(所得税)を見直すしかないでしょう。マイナがあるので技術的にはもう可能なはずです。
>個人的にキャッシュレス化の推進はこの伏線だと推測していますが、所得ではなく消費まで捕捉するのは統制経済的で、行政が説明責任を果たさず進めている現状は大問題だと思います

この直接税というのは、累進課税か、それとも全体の所得税を今の課税割合より上げるということでしょうか?
これは、法人税と同じで、別の問題、議論を生むでしょう。まだ今ならもしかするとあまり影響なく出来るかもしれませんが、それをしっかり議論せねば先は厳しいでしょう。
米国ではこういう話は、富裕層からちょくちょく出ますけど、中間層や低所得者層はそれに靡かない理由もそこには関係していますし。

これはあくまで一例であり、まだ沢山の考えるべき課題があるという前提で一つ書いておきます。(本命は医療の方なので)
日本の場合は、そもそも富裕層も含めて、これに対して実は否定的な人が多く資産が多い人だと、日本に魅力がいつまで続くかによっては、この国に拘らない人も増えていく恐れがあります。今からそれを議論しても、その議論の期間によっては、早晩逆効果になる可能性もあります。これは、コロナによって欧米がどうなるか?とこれからの少子化の進行状況または、移民などの政策をするかどうか次第ですけど。

もしこれをやるなら、まず少子化の解消か、移民(実習生ではなく永住権を持つ外国人の移民)の大幅な受け入れかどちらかの議論を実際に実行するかはどうかは、別としてハッタリでもする必要もあるかもしれません。10年後20年後に充てにした課税対象者が国にいるかも考えなければいけなくなります。結局、所得層に税をより多く納めてでも、ここで暮らしたいというメリットがどれほどあるのか?が重要ですから、そういう点で、政府は消費税を捨てるという選択を躊躇している可能性も否定は出来ません。

もちろん、医療費の事で後述しますけど、消費税そのものが体の良い財布扱いであることは否定しません。


>医療費の問題は難しいですね
>負担額を上げればモラルハザード(医療的介入の必要がない非効率な支出)を抑制することができます
>ただ医療負担額の一律アップのような、税制とは逆にシンプルで公平な制度はむしろQoS(個々人の受益感)を低下させるだけだと思います
>そもそも医療費の望ましい水準は財政の負担ではなくQoSで定まるはずです
>効率や財政の側面で論じるならばアメリカ式でいいわけです

この分野は、元々半分足を突っこんでいた専門分野(仕事)の一つなのです。(今は離れていますけど)
知り合いの医者や看護師、事務員ともこういう話をお互いにしたことがあって、こうあるべきと白熱したこともある程度に……。

QoSというのは、Quality Of Service(サービス品質)のことでしょうか?

それなら、多分私が考える品質理想とhageさまの理想は見ているモノが全く異なります。
医療の在り方(倫理感、死生観や医療の提供体制)に対する関わりや見方の差もありますから、非効率とかそういうレベルでもないのです。必要な費用が十分に出ていないのに、不要なことが行われ始めている部分もあったり、いろいろと……。

まず次の点。これはいかんよ。そもそも、趣旨に合わないし、正しい先進国医療とも合わない。

>ブログ主さんは高価な治療薬より安価な安楽死のピルを渡す制度下で生きていけますか?

これは、私の場合はYesです。
生きる事に絶望していないなら、安楽死の薬(通常は強心剤など静注かな)など処方される前に断り、他の医者なり薬局なりに行くでしょう。
そもそも、生きたい人に果たしてその選択肢を出すのか?という話になってしまいますし、日本の医療における本質からはかけ離れています。土俵を勝手に、仮想米国型に変えすぎです。
これは、本当にどんな形であれ医療現場で働いたことがある人で、医療従事における救うという発想をお持ちなら不快に思う恐れもあります。

欧米でも、まともな医療機関の医者ならこの2つを選択肢として患者に簡単な話としてあげると、もうその業界にはいられなくなってもおかしくないかもしれません。まあ、時々、そういうニュースとか、そういう選択をさせたと言うことはありますけど、後者を選んだ人は、家族が知らずに望んで亡くなられている事が多く、本人が先に安楽死という選択を望んでいたことが後から分かる事は多いのが現実です。医者が選ばせるわけではありません。安楽死であっても、本人が望むから医者がその選択を尊重するのが普通の選択となります。(もちろん、変な医者もいます)
脳死や意識のない状況の場合で、回復が無理と判断されるなら、家族と話をして呼吸器を止める決断をする医療もありますけど。これも、生き続ける選択肢を残しています。

ただ、他にもいた家族には話していない事があったりすると、いろいろ問題が起きる。
日本では、嘱託殺人がありましたが、あれは日本では殺人です。海外では本人が望んだなら出来る国もありますが、それは同意しているという証明や不治の病などある程度勘案できる理由が求められます。よほどおかしな医療機関でなければ、強制する国は少ないと思いますけど。宗教とかいろいろあるので、絶対にとは言いませんけど。

それから、日本で診療報酬を変えたからと言って、こうなることはないとも書いておきます。

もっと言えば、米国的にすれば良いとも思っていません。そもそも、米国と全く同じスタイルは有り得ません。そうするのが合理的とは私は端から思っていませんから。即ち、だから階段型の制度でも考えるべきと書いた訳です。
私の中では、大きな断絶改革は良い結果を生まないと思っています。政治や行政変革は極端に変化させると、必ず元に戻りたがる方向への反応が出てきますし、そのやり方だと日本の良い部分が全て消えるためマイナスになります。

本来は成功の道筋と負の側面を示して、緩やかに変化させることが大事であり、試行的なものをある程度繰り返し、験し戻すことも厭わない姿勢が必要です。それもやらず、やると決めたら、問題があっても止まらない事も多いから、日本の情勢は支持率の割に、実際に望まれる政治(満足)をしているという評価は低くなる傾向が見られます。

一応、日本で当該の内容を話すと、そもそも日本の場合は、医療費負担を3割から5割~6割にしても、hageさまがおっしゃるような問題は直接的には起きません。間接的に病院医療用の風邪などに向けた医薬品を作っており、そのシェアが高い事業者は苦しくなるとか、一部医療機関が苦しくなったり、廃業するとかあるかもしれませんが、大衆薬局<ドラッグストア>の薬がそれをカバーするでしょうし、その分、品質の高い医療機関は残るでしょう。逆に、行政でそこのフォローが出来れば、万事上手く行くかもしれません。
何故なら、日本では高額医療費支給制度(通称:高限給)という制度がありますから、所得に応じて医療費負担額の上限があり、それ以上にはならないように出来ています。

もちろん、保険適用外の実費医療は除きますが、それ故に薬価が極めて高いとしても、その上限に達したことを証明する領収書を市役所や保険組合に提出すると、負担額は超えは公的保険の対象になります。だから、良い医者がしっかりした医療を進める中で、この処方や治療をしましょうという判断をしてくれて、医療を一定の負担以内で受けることは可能です。
尚、高額医療は、けんぽや国保(市役所など)に申請すれば、高額医療費支給制度に該当する証明書が発行されます。以下は、協会けんぽの説明です。
以下は、厚労省の説明となります。

その上で、高価な治療薬があっても、必ず助かるとは限りません。高価な治療薬は開発にコストが掛かっており、まだ特許の切れていない(ジェネリック/後発薬のない)特殊な薬であるケースが多く、実は副作用が大きいものもあります。それでも、頼るのか頼らないのかは、医者の方針と患者が財布や自分の体力、生きたいという気持ち、その薬を使いたいかどうかの中で決めることです。John Qの映画のようになると思う人もいるでしょうけど、そうなるとも限りません。
日本は皆保険があるから、よほどの理由や医師の拘りなどがなければ、いわゆる標準的な医療を常に選ぶし選ぶのが普通になったに過ぎないのです。それは普通の状態なら良いことですが、皆と違う状態なら必ずしもそが最善とはなりません。

その前提で言えば、医療は本来、安楽死の薬か、有効な高い薬か?だけを選ぶような状況が出ることはないはずなのです。
希望を抱いて薬が安くなるまで生きる生き方も病気によってはあります。仕事などの関係もあって、すぐには治療出来ず、病気と向き合って痛みと共生する生き方を選ぶ人もいます。もしかすると、その薬を使わなくても治る方法はあるかもしれない。薬の副作用が怖いからと、別を探す人もいますし、薬の影響で副作用が出てという人も残念ながらいます。それを、医者が患者と一緒に決めていくのが医療の本来の本質です。ただ、すぐに治る高い特効薬だけだという医療従事者がいるなら、それは藪医者(藪従事者)かもしれません。


医療におけるサービス品質というのは、既存の医療では既に厳しい状況にあるということを書いておきます。

例外はありますが、医療従事者には、医療をして患者さんを助けるとか、支えるとかそういう部分が根底に必ずあります。しかし、今の医療はそこから遠ざかっている。どこがかというと、医療は当たり前で、あらゆるサービスが向上することが良いことになっているからです。本来は、生き死に影響するからこそ、まずは生きる力(希望)を支えることなのに……。

実際にどうなっているのかというと、一例でいえば

クリニカルパスを適用して、この医療資源を投入して治療すれば、治る病気である。だから、医療費はこれぐらいで、まるで故障した機械を修理するように治療して、この病名だと3日後には退院。お大事にとある種機械的に決まって次を入れる。入院費は病名と術名などに基づいて日割りされます(これをDPC=包括医療と呼びます)。ただし、平均在院日数を超えると漸減され始めます。←ここがミソ

治るのが当たり前な(だと思い込んだ患者に対する)医療で、何らかの問題が起きれば、きっと裁判になり、これまで優秀だった医者でも、そこから離れることになるかも知れません。というのは、殆どありませんけど、ゼロでは無い程度にあることです。

それとは別に上記の医療制度を使っていた場合、現実にどの病院でも有り得るのが、2年おきに診療報酬改定すると診療報酬は入院日数が短い程、医療点数が上がるため、皆早く退院させることに力を入れていることです。平均在院日数が短くなり、2SD(平均在院日数の2倍)と呼ばれる診療点数が比較的高い日数が2年で2年前より短くなり、さらに入院日数も減らさないといけなくなることもある。最近はそれも難しくなりつつありますけど。これは、果たして、何に力を入れているのでしょうか?治療かそれとも、効率か?金か?患者本位か?

もちろん、これ(DPC)を使う病院が全てではありませんし、現場が全てそれだけを考えている訳ではありませんが、そういうことを考えないと、お金が得られない医療機関が増えるほどに効率化が求められるようになった結果、多忙になっているか、病床が空くから次々と病人を探さないといけなくなるけど、患者は少ない状況が生まれるわけです。すると、忙しいことが求められるようになり、志した医療から遠ざかったり、その地域の医者でありたいのにそこでは安定的に生活出来ず医療が出来ない人も出てくることがあります。すると、過度に医者が逃げて医師不足とか起きることも……。

これが、今ミスマッチ医療を生み出したり、統廃合を進める社会を作る訳です。何故こうなるのかというと、結局、患者に対する負担割合を増やさず、自由に増やせる国庫が無くなる中で、税から分配される予算の割合が年々増加し、それに頼っているからでもあります。患者が長期入院を望んでいても、出来ない病院がある。それが出来る病院は、診療報酬が低いので……とかそういう話も出てくる。だけど、そういう仕組みを取らないと、税金で補填している以上厳しい。

しかも、人口は増えないむしろ減っているのに医療費は高齢化で(今年は例外の事象が起きているので分かりませんが)増えていたりする。そこで、さらに税に頼れば、財政を圧迫する。だから、診療報酬も、税負担を減らすことに力を入れる一方で医療機関はギリギリまで医療をするか、徹底的に療養にして、いわゆる保険のある種の穴(福祉請求など公費の割合が高い病名)で稼ぐようにするかに目を向けねばならなくなります。
しかし、保険で出せる予算は概算で概ね決まっていますから。制度の変化で2年後には雰囲気が変わる病院もあります。

これが、90年代までは出来ていた保険収入だけでやっていて、ちゃんと負担割合などを状況に合わせて保険徴収額か、窓口負担額をスライドしていたり、医療に適用される治療の区分を、診療区分や重症度に合わせて見直していたらここまで悲惨にはなっていないかもしれません。何故なら、保険収入で得られる額の中でサービスを展開し、一部医療サービスを外すことも出来るからです。しかし、税金視点が年々広がると、どうしても今のサービスをずっと可能な限り維持し続けることが求められますから、抑制的になっていきます。

即ち、予算が3口(患者本人、保険料、税金)になっているので、思い切った手が打てないのです。


>個人的にはQoSを要求仕様として論じた後に、医師や薬剤師のような高価な存在の効率性を考えたほうがよいかと思います


QoSで良いなら……前から……。その中に、望まれる物があるかは分かりませんけど。これもまた報酬連動のアメとムチですよ。

DPC、クリニカルパス、救急区分と病院区分(1次~3次救急、急性期、療養・老健、診療所、僻地、電話)、看護比率に応じた医療区分(診療報酬)、がん拠点病院、地域拠点病院、ドクターズクラーク、デジタル加算、電子化加算、地域医療連携(紹介加算)、機械化や目的別はもちろんですけど、患者を案内する受付みたいな制度とかもあったような……などがあり、2年に1度大規模に改定される。他にもいろいろな意味でのベンチマーク(benchmark/基準調査)もあったはずで、今も中医協などは改定や指針のための材料を探しているはずです。

そして、それに合わせて新しい報酬も出来る(基本これはお金が掛かるものへの投資が求められる)が古いものの報酬は減らされることも多い訳です。後は、時の政権によって方針があって、その方針が変わると、そこだけ報酬が増えたり、国民の批判を浴びると変わることになります。

だけど、それらは結局、税という予算の枠内にも影響するために、一定の予算水準を維持することが求められます。すると、どこかに力を入れればどこかを削がなくなる。Aと言うところを増やせば、その分Bを減らし、Cが減ればDが増える。Eを新設するとFがその割を食うとかなるのです。

個人的には、そうならないために、保険負担割合の見直しをするべきであると思うのです。
もう少し健康保険という保険制度の一部負担に負担を戻しつつ、繰り越し目標を持たせる(繰り越し上限を超えたらそれを医業のためのネットワーク構築など患者サービス向上のための予算に向けるなども出来るかもしれない)、ぐらい余裕も持たせると医療機関の在り方も変わっていくでしょうし、医療に対する認識も正しく変わっていく可能性があります。

これで、完全とは言わなくても、消費税も減らせば一石二鳥ぐらいになる部分もあるでしょう。ただ、やらないのは日本は高齢者が有権者ですし、今から高齢者になる中高年が多いですから……。

それに、政府には医療への口出しと、国民への増税の理由付けがし易い(実際は増税から福祉費用に回ったのは~6割以内でもそれを目的に出来る)のでそれも望まないはずです。福祉という名目に半額払って、後は政治家が好きな遊びに使っても国民はそれで納得しますから……。さらに制度が複雑すぎて分からないのもある。その分からない中にあって、表面だけ世間がこうすればと言っても、厚労省や中医協は何言ってんだ素人がと相手にもしないでしょう。彼らも、全部はきっと自分が絡むところ以外理解していませんでしょう。

後は、厚労省の担当官には知っている人もいるでしょうけど、彼らはきっと上などが圧す利権癒着に対してどう動けるかというのもあるでしょうし。

ちなみに、SARS-CoV-2はまだ全額公費負担なので、今もし負担割合を変えても負担割合は影響しません。今臨時国会で外れるかも知れませんけど。

まあ、お好きなら診療報酬改定(令和2年版)を読まれると、複雑なことが分かってくるかもしれません。
これを簡単にすると、民間の診療報酬(医療事務)の資格やそれを派遣するお仕事なども苦しくなりますし……。日本の医療は確かに、見た面の負担感を和らげることで、長寿社会を作り出して良い成果を残しているように見えますけど、本来は徐々にでも良いので、診療報酬請求の負担割合を税金に求めない体制をちゃんと作って、表で保健料金を上げて、税金も保険とは別にまぜ上げという二重、三重の徴収のような形から脱し、もっと制度そのものを国民が分かる様に見直していかないと、一体どれだけ医療福祉に税が向かっているのかすら人々は分からなくなり、それが結果的に悪い癌を広げる可能性もあります。医療機関も税金だからという理由で報酬を抑え込まれることになる。いや、実際そうなっているとも言えます。以下は、昨年のレセプト医療費の内訳です。尚、公費分は生活保護など公費だけで請求されているものであり、国保、けんぽなどに公費として支援した額は別です。https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000550870.pdf以下では、2018年が11兆円以上(こちらは、生活保護などは含まないものになるはず)となりこれの一部が消費税という体になっています。これとは別に、健康保険料を支払い、さらに病院に罹ると1~3割負担(ゼロ割もいます)を支払うことになります。https://www.mhlw.go.jp/topics/2019/01/dl/14_hokenkyoku-01.pdfこうやってバラバラにしているから、上手く福祉目的税を求める口実にもなっていると言えますし、医療の悪い部分が改善されていかないとも言えるかもしれません。もちろん、一本化して国庫に求める税の割を減らしても、それを審議する側や組織が変わらない可能性はありますけど、これが結果的に医療の本質仕組みを誰でも、簡単に語れないほど複雑にしているとも言えます。日本は、医療制度だけなら世界で右に出る者がいないほど、複雑といっても過言ではないかもしれません。まあ、もっと複雑な国がないとは言えませんけど。
ちなみに、介護については割愛します。こっちも、結局健康保険(を分離したも)の二番煎じ見たいなものですけど……高齢者は増え続けているので、もっと厳しい状況なんです。


>しかし何にをそれを期待すればいいのか? 僕にも全く想像ができません
>歴史にifがあるのなら「天皇陛下が山本太郎に渡された手紙をその場で読んでいたら?」ということは少し考えたことがありますが!

人それぞれですけど、

私の頭の中は仕事していようが、遊んでいようが小宇宙で多分なんか考えています。あそこがあれだったらとかいう本当雑なイメージから、そういえば、昨日見た夢変な夢だったな、こんなだったとか……。理想のストーリー制作(個人での動画制作)とか、理想のプログラミングとか、あの日の献立とか、昨日買っとけばとか、もしも我が町の駅があと何カ所あればとか、もしもあの人が総理だったらの良いバージョンと、悪いバージョンと、普通のバージョン(良い子、悪い子、普通の子)とか、将棋の手数読みとかのように、細かく条件を変えてそららをもっと細かくしたりとか。時事ネタだと裁判のような脳内会議が開かれていることもある。一日ずっとじゃないですよ。

頭の中で夢のように物理イメージを作って試していたりします。想像は、幾らしてもタダですし、誰かに迷惑を掛けることもやることやってりゃありません。世の中では難しいことでも、脳内サーバー(自分というAIによるHPCコンピューティング)を使えば出来ます。ポケーとしていて、やることやらないならダメですけど。

期待というのは、そういう点では
自分が政治家になるという選択はあるのかというのは、これはその人にとって最初にして最後の期待かもしれません。自分がジャーナリストになるという選択肢は、情報媒体になるという点で、自分で自分に期待するというのもであり、自分なりの期待かもしれません。誰に何に、情報や社会を任せるか?何が正しいのか、自分はどういう思想であるべきか?

私は私自身が、誰かに期待される人であり続けたいとは思いますが、同じように誰かや何かに期待もします。メディア批判とか結構しますし、期待は出来ないと書きますけど、それが本当に期待していないから書いているのかというと、実は違ったりとか思うのですよ。本当に期待しないなら、記事にもしませんから。これは裏腹であり、矛盾であると、あるとき脳内サーバーに結論を出され、ある種ショックだった。政治批判をしても、こうすべきだと書くのはそうすれば支持はしないけど、良いと思うという裏腹です。

失望したと書きながらも、期待だったりします。まあ、諦めが殆ど100%でも期待なのです。
期待されるから、意見のコメントが頂けるのかも知れませんし……。はっきり言って、誹謗中傷でもそう思うぐらいポジティブで見方によっては気持ち悪い人間かもしれません。
そして、こうじゃないのと意見を書いて欲しいと期待している。読んでいるのに、大半に返さない失礼な奴ですけど。それも、期待です。但しこれは高い期待度ではありません。ランクで言えばCとかDとかかもしれない。


本当に信頼を寄せて期待している人や事、ものは、凄く少ないんです。家族だったり、知人だったり狭いですよ。それでも結構、裏切られ(嘘付かれ)ますし、互いの齟齬も多いですし、自分でも相手から見ても、自分から後で考えても裏切った事は何度もあります。だから、喧嘩もしますし、相手がブスッとしていて、自分が気を使うこともある。でも、いつのまにか互いに話をして許している。

それが本当の意味での期待だとして、これは信頼するから期待が持てる領域、Aクラスの期待です。
相手は必ずしもそう思ってなくて、近しいからもしかすると、いつか刺されるかもしれませんけど。そのAを社会の知らない人や組織に求めても無理です。

だって、彼らはすぐ側にいませんから。しかし、それに期待せず、批難や批判をしないと失望し諦めるなら、Bクラスの期待が、Cになり、最後は無くなるでしょう。無くなったら、ずっと無くなったままです。それが、いつか戻ってくるとしても、期待していないといいつつも期待していた人(見守っていた人)と、本当にもう見向きもしなかった人では、既に土俵が違いその時で止まった人は、変わるまでに何があったのかを知る由がない分、理解が足りない状態になります。

だから、ランクが底辺でも良いから、「ここが嫌いだ」でも「ここを直せ」でも良いから言わなきゃいけない訳です。時々でもよいから……。
それが、もしかすると沢山集まれば、通じるかも知れない。その時に、最底辺の期待が、DからCにまたは無地からDになるかもしれません。
それが、難しいと思うなら自分が期待される人を目指さないと、たぶん世に流されて行くだけに終わります。

即ち、いろいろな方面で、無意味な争いや罵りではなく、文字や言葉、対話で真剣に向き合い繋がれば、期待出来る範囲が広がるかもしれません。











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この記事へのコメント

Yura
2019年06月15日 13:42
高齢者福祉や医療ばかりになってしまうのは、若者の選挙投票率が高齢者よりも低いのが原因だろうと考えています。
高齢者が若者以上に投票してくれるから、政治家も高齢者寄りの政策ばかりしてしまう。

若者が選挙に行かないのは、白票=悪という固定観念のせいじゃないかと思います。
白票=悪ではないということを広めて、若者を投票所に行かせるようにしないと、若者の声が拾われません。
コルト
2020年09月09日 01:23
馬鹿馬鹿しい…
貨幣の仕組みくらい調べてから書けよ
hage
2020年09月20日 16:51
経済や財政というモンスターと遊ぶのはやめて、歴史的に税制のあるべき姿を論じると
基本的に間接税は不正で要らない制度なわけです
消費税をゼロにしたら税収が不足するのであれば直接税(所得税)を見直すしかないでしょう
マイナがあるので技術的にはもう可能なはずです
個人的にキャッシュレス化の推進はこの伏線だと推測していますが、所得ではなく消費まで捕捉するのは統制経済的で、行政が説明責任を果たさず進めている現状は大問題だと思います

医療費の問題は難しいですね
負担額を上げればモラルハザード(医療的介入の必要がない非効率な支出)を抑制することができます
ただ医療負担額の一律アップのような、税制とは逆にシンプルで公平な制度はむしろQoS(個々人の受益感)を低下させるだけだと思います
そもそも医療費の望ましい水準は財政の負担ではなくQoSで定まるはずです
効率や財政の側面で論じるならばアメリカ式でいいわけです
ブログ主さんは高価な治療薬より安価な安楽死のピルを渡す制度下で生きていけますか?

個人的にはQoSを要求仕様として論じた後に、医師や薬剤師のような高価な存在の効率性を考えたほうがよいかと思います
AIによって多方面における生産性の向上が起こるのですが、おそらく新たな臨床の医師・薬剤師もっと低コストに育成と配置ができるでしょう
既存の医師の給与であったり法的な権限も見直されていくべきだと思います
介護職は単独では低賃金ですが、数量が圧倒的ですからね
予防医学の見地から要介護者を減らすためのラディカルなアプローチが必要でしょう
食品業界に対する規制、自動車ユーザーに何らかの社会的費用(ユーザー本人が将来陥るであろう要介護状態の支払いをさせる)、その他環境に対する規制など多面的で総合的なアプローチが必要になると思います

問題は政・官・財・米・メディアによる権力の寡占体制では、あらゆるアプローチが混迷を極め、おそらくほとんどがその目的を達成できないだろうということです
主権者の国民(一億人の烏合の衆)が正しく理想的な政治を行うことはできないと思いますが、既存の権力構造にも透明性と公正性が高まる何らかのキッカケが必要だと考えています

しかし何にをそれを期待すればいいのか? 僕にも全く想像ができません
歴史にifがあるのなら「天皇陛下が山本太郎に渡された手紙をその場で読んでいたら?」ということは少し考えたことがありますが!

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