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zoom RSS 「森友学園」と「北朝鮮」をめぐる朝日・毎日のご都合主義が・・・・新聞社が新聞社を叩くのは・・・

<<   作成日時 : 2017/03/09 10:35   >>

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これは、首相問題とかそういうのはどうでもいい話である。単純に、新聞社として考えた時に、個人的に、新聞社らしくない記事だなと思ったことを書いている。

産経は購読数が少ない。ただ、朝日のねつ造問題と韓国のお陰等もあり、かなり持ち直してきた。内閣の動きと朝鮮系のネタは確かに産経は豊富で面白い。一方で今回のように未だに他紙を叩く辺りは、何かタブロイド週間誌のようだなと思える部分もある。このスタイルで購読者が増えてきたので、変わる訳にもいかないのだろうが、流石にご都合主義は書きすぎだと思ってしまった。それでも、TwitterなどのSNSは喜んでいる人がいるのは、そういう新聞社とみられてしまう理由かも知れない。勿体ない新聞社だ。
http://www.sankei.com/premium/news/170309/prm1703090007-n1.html


<多様性が失われるメディアの現実はこういう点か?>

以前から、何度かメディアは同じニュースばかりやり過ぎ、オリンピックの中継とニュースで他のニュースがないなどと、書いてきたが、そういうことかと今自覚した。端的に言えば、産経のように他紙に対して、報道はこうあるべきで、もっと重要なニュースは自分の会社が報道している内容だというから、皆横並びに進んでいくのかなと私には思えるようになった。

要は足の引っ張り合いだ。そのうちどのメディアも信用を失うだろう。

別にこれは首相問題でなくても良いが、例えば、何か不正をしてニュースがねつ造されたというなら、確かにそれは法的にも倫理的にも問題があるため、メディアがメディアを叩いてもよいと思うが、それがない中で、私の会社は、これを報道しているのに、あの会社は報道しないのは間違っているというのは、狂っている。

何故か?

そもそも、私のように複数の新聞社のニュースを見る側からすれば、記事の主題(トップ記事、一面記事)が変わるのは当然である。それは、新聞社によってスクープのあり方が違うわけで、その違いが紙の個性になるからだ。オリンピックの頃に、同じで嫌だと言ったのは、それがどれもこれも、オリンピックだらけで、日々の時事ニュースが追いやられたからだ。どの社も、そればかりだった。

この書き方だと産経は、そういう記事を望んでいるように見える。朝日と毎日は産経と同じニュースを流すべきだということだろう。それで産経が良いなら確かにそうするのも手であろうが、もし本当にやられたら、産経の購読者数は激減するかも知れない。朝日と毎日が今度は、産経新聞を叩く記事を書くということだ。皆で新聞社をたたき合う。近年の国会のような泥仕合が新聞社同士で始まるのだ。さぞ楽しいことだろう。


<報道は報道らしく>

まあ、産経はこれで購読者数を増やしてきたので、これからも叩けば購読者が増え続けるかもしれないという点では、それでも良いのかもしれないが、果たしてそれが永遠に続くことがあるかは微妙だ。何故なら、競合他社を批判するということは、業界を卑下するということに変わりがないからだ。

要は、自分たちも同じ業界人である。ともすれば他紙の購読者から見れば、悪い新聞社とみられる可能性があるわけだ。一方で、産経の購読者はSNSの中身から見ても、きっと他の新聞社を卑下しているだろう。そこで、産経が信用できないという話が一つでもあれば、彼らは新聞などもう購読しなくなるかも知れない。

短期で見れば確かに、他紙を叩いて埃が出てくると、それが自紙の購読に繋がるが、中長期で見ると総合の購読者数は激減するリスクもある。その辺りは、全国区の新聞媒体として考えた方がよいのではないかと、心から思う。


<報道は多様にあるべき>

私の個人的な考えで言えば、新聞は必ずしも国民の声に迎合する媒体ではないと思っている。
要は、正確な報道をするのが大事なのであって、優先順位を決めるのは、報道する機関が決めることだ。後は、それを人々がどう評価するかというだけになる。我々はそれを評価して、文句を言ったり迎合する。日々の時事ネタ(人との会話に使う素材)や仕事の材料になるのだ。

しかし、報道側同士が我が社が正しい、他社は内容がおかしいと、個人の批評のような報道をすると、自分たちで報道の枠組みを狭めることになる。読んでいる人には、報道のテーマを同じにすることが正義だと、すり込まれるわけなのだから当然だ。同じテーマばかりになれば、内容も重複するようになる。今日やったネタを明日も、反復するのだ。結果的にもう購読しなくても、ネットのニュースでいいやと皆思うようになる。

この流れが徐々に進んでいるのが、今なのかもしれない。

どこも同じニュースを繰り返し、反復して伝えるだけというのは、本当に最近よく見られる傾向だ。要点は、○○をしただけで、後は評論家の説明なら、別に要点だけ見て、何が起きたらしいと知るだけで十分だ。興味があるなら、図書館ででも調べればよいが、そういう発想も今ではほとんどない。結局、それ以上の情報を一つの要点に絞って情報番組が伝えてしまうからだろう。


私は、産経新聞社のように、違う切り口をもっている新聞社があることは貴重だと思っている。しかし、一方で、産経のこういう他社を卑下する書き方は気に入らない。他紙とは違う切り口があるから、面白いのだが、他紙が今犯罪を犯しているわけでもないのに、第一義が違うだけで叩くのは、本来報道の自由というスタンスから外れる上に、画一化を助長することだからだ。

フジメディアホールディングは特に主力のテレビ事業が苦しい中で、持ち分法対象の産経は成長しているため、強気なのだろうが、風向きは突然変わることもあるため、心配である。




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