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zoom RSS 10カ月の女児、飼い犬にかまれ死亡 東京・八王子・・・・噛まない犬はいない。

<<   作成日時 : 2017/03/10 13:23   >>

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朝日新聞の記事だが、どうしてもこの記事を書きたくなった。

これは本当に不幸な事件だ。祖父母に預けていた我が子が、祖父母の可愛がっていた犬に殺されるなど、考えもしなかっただろうし、祖父母も自分たちの可愛がっていた犬が、可愛い盛りの孫をかみ殺すなど考えもしなかったはずなのだ。

この後を考えると、この祖父母、犬、両親に良い未来があるかどうか・・・。本当に辛い話であり、悲惨な内容である。もし、臆病や噛まない犬の本質が分かっていれば、この親族はこんな辛いことにはならなかっただろう。
http://www.asahi.com/articles/ASK397GRMK39UTIL06V.html?iref=comtop_8_07


<臆病な性格で、噛まない犬の罠>

これは、最近動物に関する事件が起きたときに出てくるキーワード的な言葉だったりする。特にこのキーワードはイヌ科の動物に多い。

実は、しつけが行き届いた犬は、臆病な性格で噛まない犬という飼い主の発言が出ることは大幅に減る。たいていの場合は、噛む可能性が理解できる程度に飼い主が、しつけで触れ合っている場合が多いからだ。そして何より、主従関係というボス登録(しつけ)が終わると臆病な犬も、多少なり性格が変わって見えてくる。その犬の危険なところも、良い部分も見えるのだ。

犬の性格がはっきり出るのはいつか?しっかり育てている人はたぶんご存じだろう。それは、犬が飼い主に甘えている時や指示を出した時だ。飼い主がいないときの動きは、飼い主には分からないため、見えないが、飼い主が側で甘やかしている場合や叱っているとき、何かを命令したときには、本当に犬の個性が見えてくるものだ。

もちろん、しつけの前の段階で見える臆病や噛まないというのは、確かに犬が持つ本質の性格だが、一緒に暮らす上での性格(群れとしての性格)ではないのだ。そこが、犬の可愛いところであり、面白いところである。

どういう意味か?まずは、イヌ科の動物について考えてみよう。

そもそも犬は、人との生活になじむようにオオカミなどが分化していく過程で他の種から徐々に独立していったとされる。独立の過程で、肉だけではなく野菜や果物もある程度食べられるようになっていったと考えられている。その際に、犬はこれまで、犬の中でリーダーを決めていた部分を、人でも犬でも他の生き物でも、自分がボスと認めたものに付き従うという流れへと、生き方を変えていった。

尚、ここで読み違ってはいけない点として、オオカミにも一匹狼といわれる言葉があるように、独力では絶対に生きられない、ということはない。どちらかというと、獲物を手にする方法として群れの方が効率的であり、そういう狩りの仕方をしてきたため、群れが大きくなるほど強い生存能力があるというのが、犬科動物のあり方(本能)なのだ。これは猫ほどの瞬発的な跳躍力や速度、または柔軟性がない代わりに、持久力があるという点でも出ている特徴である。

−群れの性格と自分の性格−

大事なことは群れの性格と犬の性格が必ずしもイコールにならないという点だ。

これは端的に言えば、日頃切れやすい人が、取引先との商談で理不尽なことを言われたから、必ず切れるか?というのと同じだ。ある肩書きの中にあるときには、嫌なことがあっても、これは仕事と割り切ってはたらく事が出来る場合が多い。しかし、それが個人同士で肩書きもなくなると、自分の性格に基づいて行動する。

これが実は犬にも適用できる。
犬が最も喜ぶのは、ボスが喜び、ボスに褒められたときである。臆病な犬だろうが、怒りっぽい犬だろうが、ツンデレな犬だろうが、ボスがちゃんといる場合は、それに褒められると大げさなほどに喜ぶものも多い。ここに性格が出るわけで、臆病者は褒めるとしっぽで喜ぶが、臆病故に褒められる場合でも叱る時でも最初は身構える。
お調子者は褒められると、しっぽも行動も顔も、態度も喜び回る。そして、叱られて目に見えるほどにしょげる。強気な犬は、やらんでいいことを褒めて欲しくてやろうとする。そして、叱られることもある。

ただ、どの犬でも基本的に、ボスが褒めると喜ぶ。そのために、ボスに気に入られる行動をする訳だ。自分の都合や性格はある程度抑えて頑張る。

やはりこれは人にも言える。嫌いな上司でも評価されれば喜ぶだろう。しかし、それが雇い主(社長)でお前は今日から社長付きの役員だ将来有望だぞと言われたら、きっと多くの人は喜ぶはずだ。犬の頭脳は、人ほど裏を考えたりもしない。より忠誠心が強い。ボスに褒められると、しっかり喜ぶ。じゃあ、もっと頑張ろうと思うだろう。

ボスのために、褒められるためにやるという発想が身につくと、それ以外の自分性格は徐々に弱まっていく。よほどボスと連携が取れないときに、その性格が出てくるぐらいだ。または、叱られ褒められといった中に、個体差が現れる。

主従がしっかり出来てボスに褒められた、叱られたというのを、身で覚えた犬は、徐々に性格がボスの前では変わってくる。端的に言えば臆病な犬は、臆病には見えない普通の犬になる。行動派の犬は、少なくとも主人に叱られることをやることは減っていく、怒りっぽいよく吠える犬も同様に徐々に主人が望む吠えない犬へと変わっていく。それが次の項に繋がる。

・群れの性格

群れの性格というのは、簡単に言えばボスが指示するタイミングと、指示する内容に左右される。例えば、ボスが最初から攻撃しろと指示するような人なら(土佐犬など闘犬はそういう形で育てられる)ば、犬は見たモノを攻撃するようになる。ボスの指示なしで攻撃するものも出てくるだろう。

それに対して、常にボスが第一に相手と語り合ったり、相手を先に攻撃し、抑えたりしてくれる場合は、まずはボスの動きを待って、ボスの指示があったならその時に行動する。だから、ボスが特に恐れをなしていないなら、人と接するときに臆病に出ることはきわめて少ない。ちなみに、ボスの愛情が少ないと、ボスより強い相手に対して、犬が靡き裏切りが発生する可能性はある。

ここからが、問題である。もし、これが主従を失っているか、不十分な主従関係ならどうなるか?それは、個人(個犬・子犬時代)の性格が出るのだ。


・個人(犬)の性格

これが犬の性格だ。群れからはぐれたり、ボスが不在の時にボスに言われていない、想定外の何かが起きたとき、取る行動がそれだ。そして、そもそもボスという存在がいない場合もこれが常に現れる。

この人は、主人ではなく同格のお友達または、格下の召使いや使いっ走りみたいな感覚になると、犬は常に自分のテリトリーを守るために、自分で考えて行動することになる。臆病な犬は、臆病なりに臆病な行動をするわけだ。噛まないいうのは、臆病だから攻撃すれば殺されるなど過剰に考えているに過ぎない。人間でも、おとなしい人が、突然事件を起こすというのがあるが、あれは耐えに耐えに耐え抜いた結果、窮鼠猫を噛むということわざのように、怒りが爆発するわけだ。基本平和主義でも、自分にとって耐えがたい苦痛なら、攻撃も辞さない人は多いだろう。そういうことだ。

また、強い者には臆病で、弱いものには高圧的な犬も世の中にいる。狡い犬であるが、人とは違って、法的な倫理などはないわけで、臆病な犬の多くは、大半がこれだ。どちらかというと、本能に忠実といえる。人の方が犬を都合良く倫理のある人と混同し、擬人化していると、これを忘れてしまう。

これが、犬の性格がそのまま出るパターンであり、実は、噛まないおとなしい性格という犬の中には、こういう状況の犬が結構いる。特に、これに臆病が付くと乳幼児や他人がテリトリーに入った時のリスクが高くなる。飼い主が、しつけをしなくても、人に従順だと思い込んでいるからだ。実はこれは、猫のように犬を扱っているという最悪のパターンである。


<犬と猫のテリトリーと順位>

先に書いたように、犬は、ボスに褒められると喜ぶがボスがいない犬や、同居人が同格または格上だが、同じ群れに属していないと思っている犬は、敵か見方かの判断を自分でするしかない。

これが猫なら、猫同士での縄張り争いはある程度あるが、同居人が少々増えようが、減ろうが、餌がある程度確保できるなら、実はあまり問題にはならない。相手が、しっぽを強く掴んで振り回すなどしない限りは、猫パンチも、猫キックも、噛みつきも、ひっかき攻撃もしないだろう。臆病なら逃げ回る。好奇心旺盛なら近づくぐらいだ。凶暴な猫でも、相手が人の場合は、追い詰めない限り敢えて攻撃することはあまりない。気まぐれ故の良い点である。


犬の場合は、人の違いをしっかり認識しそれがテリトリーを荒らすかどうかを考えている。集団行動を主とする犬のボスは、テリトリーの広さや餌の量を考えないと群れが内部で闘争を起こし瓦解しかねない。だから、自らがボスならばテリトリーを犯すものを、排除したり、力を見せつけようとするのだ。何より、元々も犬は肉食という点も気をつけるべき点だ。

それ故に、家の中で飼っているにも関わらず、ただの同居人で時々相手をされるような関係性だった場合、見知らぬ人や時々来る人がちょっかいを出すと、当然犬は、自分の縄張りや自分に危害を及ぼす可能性があると判断して攻撃に転じることになる。

ここが臆病な犬だからと、しつけを中途半端に終えた場合に陥りやすい罠だ。犬は、賢いが人がしつけなければ犬の賢さは犬の理論(本能)で固定される。犬は賢さが、他の人への危害に繋がる訳だ。


<臆病な性格だからと、しつけを最小にしてはいけない>

臆病だろうが、引っ込み思案だろうが、攻撃的だろうが、温和だろうが、人と犬がしっかり同じ環境で生きていくなら、必ず犬を人の下につけるように育てなければいけない。子供を育てるように犬にも、しつけをしながら、可愛がる必要がある。また、犬は時々やってくるよそ者を、自分の住処に寄せ付けることに抵抗を持っている。恐れたり、怒ったりすることも理解すべきだ。昔は番犬の犬が吠える様もよく見られたが、それは犬のテリトリーの意識を利用した手段なのだ。

だから、犬のしつけはとても大事なのだ。


<噛まない犬はいない>

最後に重要なことは、絶対に噛まない犬は、世の中にはいないということだ。

うちの子は噛まないという人もいるだろう。厳密には犬種や育て方にもよるが、犬は主従の関係性が密になれば、甘噛みをすることもある。相手が怪我をしない程度に、軽く噛む。(時々はしゃいで・・・ということもある)これは他の動物でも言える。人間だって、愛情表現はいろいろあるように。

所謂、濃密な付き合いになれば、噛まれる可能性が本来は増えていく。逆に、軽い表面上の付き合いなら、ある一線を越えたときに本気で犬は噛みつくだろう。それを越えないなら、噛まれることなく終わる。臆病な犬の場合は、だいたいがこの軽い付き合いになっている。

本来、飼い主は犬が噛みつくということを、想定しているべきだ。これは猫でも、飼い主に限らず、人をひっかくものだと考えるのが普通だ。それを、知っていて初めて飼うのだ。


しかし、近年は大人しく噛みつかず飼いやすいといった、へんてこな犬の販売も行われており、その結果、噛まないからしつけが楽で安全と思う人が増えているのかもしれない。そこは、考え直すべきところだ。

そして、子供と動物の関係も、ちゃんと現実的に考えるべきだろう。

−子供と一緒に育つ動物と時々やってくる子供−

まあ、子供が生まれた瞬間からその場にいぬが同居していて、既に犬と家族との関係が構築されているなら、こういう悲劇は起こりにくい。犬と仲良しの兄弟みたいな動画や映像はよくあるが、それは人と動物の関係性が、同じコミュニティー上にあり、倫理が動物とも繋がっているからこそである。

しかし、それを崩す要因が実はある。それは、テレビなどで犬と家族が仲良しです。猫と家族が仲良しですと番組に過剰に出すことだろう。これを作るには、下地としてある程度動物を人の庇護下にいることを教えて、人(子供や他人)も動物に痛い目を与えると、罰があるのだと教えておく必要があるが、それを良いところだけ切り取ってしまうため、簡単にできるものだと錯覚するのだ。

まあ、見世物犬や公として噛まない、人に絶対服従などを教え込まれた犬もいるし、そういう錯覚が出るのは当然だ。ドッグトレーナーが育て、お客さんに触って貰っても安全な犬、またはセラピードッグや盲導犬、聴導犬などもそうだ。しかし、これらの犬は生まれた段階から、ブリーダーが育てる過程で、ある程度性格分別を掛けている。要は、極度に臆病ではない。従順、優しい。賢いなどのいくつかの条件を越えているケースが多く、その上で人混みなどでの教育も施されている。
だから、これらの動物は、人に仕えても噛まない吠えないなどのルールに従うのだ。

−犬に他人を信用させる手段−

自宅の犬が他人を信用するには、2点ある。
1つは、必ず犬に対してその他人は、犬や家族に危害を及ぼさないことを説明することだ。この子は、誰ですよ。この犬は、我が家のペットですよと互いに紹介することだ。

もう一つは、お互いが打ち解けるまでは、絶対に飼い主が側にいない状況を作らないことだ。打ち解けるというのは、見た目で表面上良い関係という話ではない。子供は特にやりかねないことだが、犬に対して例えば子供が、叩いたり蹴ったりするなら、打ち解けたとは言わない。犬が喋ることも出来ないからといって、犬を飼い主が守ってあげられないなら、犬も刃向かうようになる。だから、犬を触るルールをちゃんと守れると判断できたときに初めて、犬と一対一になれるということは飼い主が絶対に守るべき事だ。


<性格はあくまで個々の表現方法や感情の差>

家で育てる犬は、自宅(テリトリー)で人と接することは少なくなりがちだ。だから、訪問者が来た時に、しつけの出来によって、興奮してしまう犬は結構いる。それは、ある意味普通なのだ。ただ、問題は大人しい犬は、見た目にそれが出にくいということだ。

噛まない、臆病だからといった部分で、善し悪しを見ている辺りは、犬にも心があることを理解していない証拠である。この個々の性格というのはそもそも、「犬の服従心」や「心の動き」を計るものではなく、気持ちを表現する方法が、ネガティブかポジティブか何に喜ぶか、何で悲しむかといった違いでしかない。どんなに優しい人でも切れることはある。どんなに、臆病な性格だって突然意を決して動くことはある。平和主義者も、相手の度が過ぎれば武器を取ることはある。


犬でも猫でも、結局のことろは、「その子の性格=気持ちを表現する方法」という部分を理解して、育て、しつけ社会に馴染ませることが飼い主の仕事である。今回の場合、臆病な犬の特性(気持ち)が分かっていれば、犬と子供の接点を減らし別々に分けたり、飼い主が犬に説明するといった方法で、防げた可能性は大いにあっただろう。


何より、臆病な犬で噛まない=安全という判断に誰かが警鐘を鳴らしていれば、こんな不幸な事態にならなかったのかも知れない。そう思うと、この記事を書きたくなった。

今後、このような痛ましい事件が起きないことを祈りたい。
そして、亡くなったお子さんのご冥福をお祈りしたい。


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内 容 ニックネーム/日時
生年月日自体はどの新聞社でも読み上げられませんでしたが、10カ月で亡くなった女児は2016年5月生まれの第一子の長女だったでしょう。
サイナイ
2017/06/19 16:57

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