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zoom RSS 古い携帯を見て思う今のスマホは面白くない・・・ガラケーの終熄を考える

<<   作成日時 : 2016/11/08 12:36   >>

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iMode端末の販売終了を、ドコモが決めたと発表されたのは、先日のことである。これで、日本が携帯電話事業で先行し、凄まじい技術競争を国内だけで行ってきたガラパゴス時代は完全に終わることになる。

人によっては、iPhoneが売れていることをガラパゴスと言うが、あれはガラパゴスでは無く、ただの携帯事業者(キャリア)の事業戦略とAppleの広告戦略の成功または失敗の成果である。マーケティングに問題があっただけだ。ガラパゴス諸島には、そこだけで独自の生態系をもって進化した動物がいたことと、日本の携帯事業が似ていたことから、名付けられた俗称である。通信方式も、PDCや先行的な3G通信を初めていたことも大きかったし、iModeやEZ系のサービス、J系のアプリ、通信サービスは海外のキャリアではほとんど普及しなかった。だから、スマートフォンが日本より早く浸透したといわれる。

Appleは世界共通サービスなので、日本でよく売れているということを、ガラパゴスと言ってしまうとスマートフォンじゃ無くても、グローバル製品の多くである特定の国だけで売れる現象は出てきてしまう。即ち、スマートフォンはガラパゴスでは無く、この国内でのマーケティングに問題があったのだ。


さて、タイトルの本題である。

昔、ポケベルが流行った頃は、公衆電話に長い列が出来ていた。地域テレメッセージ系の事業者と、NTTドコモ、アステルで絵文字系のダイヤル番号が違ったため、A6サイズにラミネートした番号入力表を3種類持っていたのを思い出す。これは、ビジネスでも、学校でも流行った最新の通信機器だった。

その後、PHSが学生と社会人の一部に通信単価の安さから普及したが、ドコモがiモードを投入し、さらにカラー液晶のF502i Hyperなどを投入し始めたことから、一気に携帯電話の普及に拍車が掛かり始める。また、当時のDDIセルラー(現在のAu)がCDMA Oneを投入し通話音質がPHSより圧倒的にショボく、聞き取りにくかった携帯を人並みに押し上げた。
90年代は移動通信のインフラ面での技術(通信基盤)が恐ろしい早さで進化した時代だった。
ユーザーが持つ端末もインフラがある程度普及するとそれに合わせて進化したわけだ。

ちなみに、携帯電話として最も私が、よく覚えているのは2004年にA5406CA(Au)を買ったときだった。1/1.8型CCDという今のスマートフォンから比べても大きなCCDセンサーで320万画素というカメラ機能を搭載した携帯だったが、結構撮影したのを覚えている。バッテリーの持ちもよい。クレードルに設置して充電でき、クレードルにUSB端子付きでPCと接続してデータ転送や通信も出来た。このときは、データ定額が始まったばかりで、この機種は対応していなかったが、これは良いイメージばかりの携帯だった。

その前にも後にもいくつかの携帯、PHSやスマートフォンを使ってきたが、個人的な印象では、A5406CA辺りが最も携帯電話という観点で見ると良い製品を作っていた。その後の製品は、通信寄りになり情報端末製品へと様変わりした。


今では、スマートフォンを愛用するが、最近思うのは今昔の携帯電話の発表記事を読むと、注目ポイントが多いなと感じる。そして、とにかく端的に、どの部分の性能が上がったかが、分かるのも当時の製品の特徴である。

これがiPhone7だと以下の記事のようにだらだらと書かないと特色が語れないほどに、小さな部分が増えている。
http://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1018936.html

ガラケーが終わっていく背景には、形やデザイン等の面で、競いようがないものが、売れているからという部分もあるのだろう。即ち、スレートが当たり前で、それが一番の領域にいつしか填まってしまい。そこから抜け出せない状況に陥ったのである。

<夢のない、面白くないスマートフォン>

現実的な解釈として言えば、スマートフォンはとても実用的である。操作も直感的で、子供でも操作しやすい。ちなみに、スマホは使ったことがあるが、パソコンを使ったことがない子供に、マウス付きのパソコンを操作させると、操作できないことは、今年知った。マウスというものがどう動くか、どんなデバイスか分からないのだ。

持ち上げて立体操作しようとしたり、ディスプレイに置こうとするのは、私の発想には無かった。ディスプレイを指でタッチしたがるというのも、今のスマートフォンが、本当に直感操作に優れていることを示している。

プッシュフォンしか知らず、ダイヤル式の黒電話が使えないというのは、知っていたがコンピュータ分野でもこういう変化が起きているのは、ある意味衝撃的であった。

そして、コンピュータの大半はディスプレイの中に入っているという発想をする子供がいるのも・・・。今では、セパレートPC(タワー型、デスクトップのCPU分離型)を使わない人も多いが所以だろうか?だから、パソコン本体はディスプレイだと思うわけだ。これも、子供によってはそういう見方をする傾向が見られる。

それを見ていて思ったのが、だからデザインはすべてフラットの代わり映えしないものになり、それが喜ばれるのかなと思うのだ。それがある意味では、これからのイメージも今と変わらないという夢のないものになっているように見えてならない。

これを崩すアイデアが生まれるかどうかによって、携帯市場が夢のないスマホを最後に、このまま閉塞するか・・・それとも新しい何かを生み出すか決まりそうだ。


ガラケーの時代は、携帯料金も高い時代が長く続き、ある意味不便な製品の歴史だったが、それでも買っていたのは、きっとそれが利便性を押し上げていることがはっきりしたからだろう。そして、水平垂直の製品がラインナップされていたことが大きいように思う。要は、性能や価格の軸とは別にデザインやファッション製のような見栄えや形も、あったからこそ売れていたのである。

今、それも無くなりつつあり、さらにインターフェースも統一の方向に動く。特に日本では、携帯電話時代にはメーカーによって仕様が異なっていたUIがスマホでは、iPhoneがほとんどになり、UIが違うのは使いにくいというようになった。あれほど違いを楽しんだ人々が今では、180度転換し、AndroidのようにUIが違うから面白いという発想もなくなったのは、流石の販売テクである。賞賛できる凄いことだと思う。ただ、製品本体の形でも、統一的な操作性や形という状況に流れてしまい、一通り普及したことで、これからは苦しくなる可能性が高い。

ガラケーが終わるなら、これに一石を投じる製品をキャリアやメーカーはもう一度考えなければ、この市場はどんどん萎むだろう。


<スマートフォンの次が欲しい>


IoTとか、AIとか・・・確かに面白いものもあるが、たった10年程度前まで、製品はもっとわかりやすかった。プロセッサ性能は1年半で2倍近くに上がっていたし、携帯電話も形がいろいろあり、その好みで選んでいた。それが今では、デザイン性もほぼ同じである。違いは、長々とここと、ここと、ここがこのように変わったぐらい書かないと、分からない。AIに至っては、多くのブラックボックスがあり、CortanaとSiriの差がどこにあるかなど・・・この言葉が通じるぐらいしか語れない時代になりつつある。

携帯電話が主流でそれが崩れるまでのスマートフォンはとても魅力的だったが、スマートフォンばかりになった今、本当にそれが市場が成長し、儲かる手段なのかは、微妙になっている。特に、OSのあり方には疑問に思う部分も多い。


最近はウェアラブルデバイスなどがあるが、私は個人的に、ウェアラブルデバイスと、電話デバイスを別々に提案する必要も無いと思っている。正直、カーナビ電話でも、ウォークマン携帯でも、テレビ携帯でも良い、時計電話でも良いわけだ。昔、日本の携帯電話は、そうやって製品を提案していただからこそ、いろいろなデザインになり、大きさになり、形になっていた。スマートフォン=タッチパネルという大枠で、製品を売り始め、AppleがいうWatchデバイスや、GoogleのいうWear、Autoといったデバイスを、別々のものとして見るようにしたことで、この市場を自分たちで縮めている可能性も考えるべきでは無いかと私は思うのだ。

実は、製品が平均化すると、専用機の特色が強い製品の方が売れる。たとえば、ゼンリンのカーナビ地図を内蔵し、アップデートも5年保証する。VICSに対応する携帯電話が出れば、売れるかもしれない。形は、カーナビのような形で、折りたたみスタンドがついている。そうなると面白いはずだ。

これは、いわゆる全部網羅するから良いという発想では無く、ある機能はこれにしかないという形で特化するからこそ、他より良いという部分になるという発想である。正直、スマートフォンは確かに便利だが、特化製品に比べると劣るアプリケーションも多くある。タッチパネルは便利だが、それ専用のボタンなどを備えて差別化を図れば、それを欲する人は、買うようになるだろう。実はこういうはっきりした差別化の方が、商品説明はしやすいし、人が買う理由になる。

スマホが登場したばかりの頃は、この差別化は機能しなかった。なぜなら、スマートフォンそのものが魅力的だったからだ。しかし、スマホが当たり前になると、他と変わらないことで、商品としての価値は下がる。だから、ある特色ある機能を専用に搭載することが有効打になることは、考えなければいけない。

そして、OSメーカーが使い分けを語るからといって、それに乗っかる必要はない。正直、棒形の携帯を出しても良い訳で、時計型スマートフォンでも良い訳だ。これは、誰もがスパイ・SF映画などを見てイメージした未来のデバイスがほしいものだ。まあ、今はまだ製品化されなくてもコンセプトとして出して行くべきかも知れない。


ガラケーが終熄していく中で、今後はそのリソースをこういう専用携帯に向けるのは一つの手だろう。世の中ソフトウェアの自由な追加で全部入りが出来る時代だが、高性能な組み込み専用携帯を様々なデザインで考えないと、いけない時期に掛かっているように見えるのである。

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