なんとなく綴ってみた

アクセスカウンタ

zoom RSS 安倍首相「戦闘行為ではなく衝突」 ジュバの大規模戦闘・・・にほんごであそぼう

<<   作成日時 : 2016/10/11 15:56   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

朝日新聞社の記事でNHKも一部で触れているが、これは戦闘行為だったと言ったうえで、結果的にそうなったことを重く受け止める程度にした方がよいと思うが・・・。認めずに、必死で取り繕うのが、東京都みたいである。
http://www.asahi.com/articles/ASJBC43CHJBCUTFK00C.html
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161011/k10010725461000.html


「戦闘ではないのか?」の質問に対して、
「PKO法との関係、PKO参加5原則との関係も含めて戦闘行為には当たらない。法的な議論をすると、戦闘をどう定義するかということに、定義はない。戦闘行為はなかったが、武器を使って殺傷、あるいは物を破壊する行為はあった。われわれは、いわば一般的な意味として衝突という表現を使っている」

ちなみに、NHKのニュースに書かれている。PKO参加5原則というのは以下である。

1)紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
2)当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊へのわが国の参加に同意していること。
3)当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
4)上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること。
5)武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。

(外務省-日本の安全保障と国際社会の平和と安定より抜粋)

である。だから、戦闘とは口が裂けても言わないのだろう。結局これは、昨年、国民の理解を得ずに、安保法を通したツケが回ってきているのだろう。これを認めると、野党が安保の廃止を求めるのは間違いない。

尚、参加5原則が曲がることは、即ち戦闘が認められることであり、PKOが成立しないこともまた戦闘が起きたときだ。いわゆるPKO法との関係で、行為には当たらないのではないという話ではなく、行為に当たればまたPKO法にも反してしまうから、PKO法や原則を引き合いに出すというのは意味が無いが・・・。
ちなみに、南スーダンの衝突とされた時の頃は、こんな記事が各紙で流れていた。停戦合意を求めているという記事がある時点で、実は衝突ではなく戦闘であると世間(国際社会)は見ていたのだが、政府はそうは見ていなかったと言うことになる。もう、東京都の職員になれるレベルの答弁である。


子供には見せられない「にほんごであそぼう」が、予算委員会で繰り広げられていることは、情けない。そして、これが予算の審議なのだから・・・。

ちなみに、戦闘とは、兵器を用いて敵と戦うことである。たたかいやいくさとも呼ばれる。いくつかの辞書では、総じてそう書かれている。一方、衝突とはものとものがぶつかるという意味を基本として、意見や立場、利害などが対立することである。ただの衝突では実は武器が含まれる訳ではない。武器が入ると武力衝突と呼ばれる。
尚、武力がつくと兵力や軍隊などの用いたという意味になり、即ち戦闘の意味になる。これは与党の負けだ。認めないことは、問題であるが・・・やはりその先が怖いのだろう。むしろ、認めなければ認めないほど矛盾が大きくなり世間的な印象は悪くなるように見える。後は、メディアがどういう方向でどこまでこの言い訳を、料理するかによるだろう。




広辞苑 第六版 (普通版)
岩波書店
新村 出

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 広辞苑 第六版 (普通版) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
安倍首相「戦闘行為ではなく衝突」 ジュバの大規模戦闘・・・にほんごであそぼう なんとなく綴ってみた/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる