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zoom RSS 結局都知事選は3候補のみ・・・尚、他に18人の候補が・・・

<<   作成日時 : 2016/07/21 11:58   >>

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この記事はもう少し早く書くつもりだったが、今になった一週間は様子を見ようと思ったからだ。そして、今になり思う・・・彼らは桝添都知事の反省も、猪瀬時代の反省も未だにしていないのだと。

電通が悪いのか、それとも博報堂が悪いのか?それとも、テレビ局や新聞社のディレクターや編集長が情けないのだろうか?少なくとも全国ニュースで取り上げられる候補は、増田、小池、鳥越の3人だけである。

残りの18人はどこの誰で、何者なのだろうか?と世間に聞いたら全員とは言わずとも、言える人は少ないだろう。そんな報道が今の民法のニュースという事だろう。あれだけ、桝添知事や猪瀬知事の二の舞は避けるべきといっていたにもかかわらず、自分達にも責任があるとは一切思っておらず、こういう報道を続ける姿勢は、都民でなくとも腹立たしさの前に、呆れる人の方が多いだろう。

そろそろ、これで抗議デモが起きてもおかしくないほどである。


<日本が世襲中心になる理由は、メディアにある>

日本の政治家は世襲率が高い。その理由は、ほぼ情報媒体にあると見て良い。米国では、大統領候補者選挙でも一般選挙でも、数ヶ月の選挙期間があり、最初は全ての候補者がある程度紹介される。その後、徐々に強い候補が評価されるようになるが、日本の場合は、最初から某政党の候補が、最も支持率が高いです。から始まり・・・、最後までその支持率が高いです候補が、報道の柱になる。

これは、おかしな話である。視聴率が欲しいのは分かるが、本来選挙は政治の専門家という人々が空中戦といっているような話ではなく、国民なり市民なり県民が、均等に情報を得て、評価する必要がある。候補が演説をはじめる前から、浮動票がいくらで、どれだけの人がこの人に票を投じるというのは、その時点でおかしいのだが、それについて報道側はどう思っているのだろうか?

世間はどう思っているのだろうか?おかしいとは思わないから、こうなっているのだろうと思うが、本来はそれが異常であり、画一操作に繋がっており、都知事が2度も途中辞任する原因になった。


<プロなら仕事をしろ>

一般に、報道のプロならAという有名人より、Zという無名の人も同じだけ取材するのがプロである。なぜなら、無名の方が秘密が多くネタになるからだ。また、無名の人がもし、よからぬ人だったとしたら、立候補しただけで、泊が付いてしまうことがある。要は、私は○○選挙に立候補しましたというだけで、その人は一つの肩書きを持ち悪用もできるのだ。

普通は落選すると、それを言うことはないが、いくつかに立候補していれば、それだけでこの人は、選挙にも立てるほどの器の人と間違えて認識する人も出てくる。今回21人も立候補したのは、結局、そういう魂胆の人もいる可能性が高い。

実際に、何の公約も出ていない人もいるのだから・・・。そういう部分も見て、全体を評価させると、自分になにも公約がない人は、立てなくなる。より政治家として力がある人だけが、立候補するようになる。しかし、現状では・・・滅茶苦茶である。

それでいいのだろうか?もしかしたら、この3候補以外に、数年間、都庁に通って議会を傍聴し、自分なりに都民や議会のコンセンサスが得られるような政治を掲げている人もいるかもしれない。本当は、そういう人を探すのが、報道のプロである。

本当に、今の報道はただの間抜けじゃないかと思う。組織に同調し、選挙に行きましょう。今度は間違えないようにしましょうと言っている割に、お前達が報道しているのは、たった3人に一日の都知事選ニュースの過半数を使うのだから・・・一人ぐらい、報道の現場に、それを問題視する人がいても良いのではないだろうか?もし、あなたがそういう報道の現場にいる人であれば、そこをおかしいと思わないのだろうか?


<SHARPの情報メディア版>

今のメディアは、SHARPの発想に似ている。都知事選は、組織選挙でこの人とあの人が有名人だから、それについて話題にすれば、視聴率はこれだけ取れると思い込んでいる。本当にそうだろうか?クイズ番組が人気になると、どの局もクイズ番組ばかりを報道する。そして、一瞬で任期に陰りが出る。最近は、食べ歩きで一般の人を交えて、がやがやする番組が多いようだが、既に飽きたという人も多いだろう。

これは、SHARPが液晶は売れる、液晶は売れると言い続けて、液晶しかないとした結果、今ではビジネス市場主にコピーなど機の方が黒字で白物家電も悪くないが、液晶だけが大赤字になったというのとよく似ている。


SHARPと大きく違うのは、情報メディア特に新聞と、テレビは出資規制の対象になることだろう。要は、海外メディアが国内の民放等に幅広く参入することは難しいということだ。だから、たまたまこういう報道でも問題なく出来ているに過ぎない。しかし、視聴率は年々下がる。

下がる理由は、ここにあるのに・・・。実は、テレビを見る人でも、CSなど専門チャンネルを見る人はある程度増えてきた。一方で、民放は面白くないという人も多い。ニュース専門チャンネルやBSニュースは、専門家を交えないニュースが多く、ある程度自分の意思がある層は、グダグダ説明するニュースより、そっちを好む傾向もある。

正直、私は日本のニュース番組は最低だと思っている。その理由は、自分達は偉いと思っていることにある。何かおかしな報道をしても、かれらは言葉の謝罪もしないし、正そうともしない。そういう報道こそが正義であり、言論の自由だと思っている。

しかし、それならば、一次データ(選挙なら立候補者)をもっとしっかり示すべきだろう。特に、選挙は全員を必ず同じだけ報道しなければ、絶対にまずい。もちろん、最初は全員で、最後の数日で動向がある程度固まったら、絞るというのは分かるが、選挙前から○○党○○さん、選挙後も○○さんでは・・・永遠に有名人の○○さん以外は当選しないだろう。その人がどんなに政治家として資質を持っていなくても、○○さんは当選し続け、場合によっては自分は素晴らしい理想の政治家だと思いこむかも知れない。

そうやって生まれたのが、前の知事だったのではないのだろうか?


まあ、東京はMX(メトロポリタンTV)以外は、キー局である。そのため、全国になると主要な話題を取り上げるようになるというのもあるだろうが、そもそも、東京の話題が常に主要とは限らない。いつも、同じ候補の動向ばかりなら、最初からやらなければ良いのだ。大事なことなら、全候補をある程度、満遍なく取材し、取り扱うのが情報メディアの本来の役割である。

<本来は国民も怒るべき問題>


日本の空中戦は、知名度と連呼のレベルではない。そもそも、最初から他の機体は飛ばすことさえ許していないのだ。曲芸機の試合で当日に21機の参加者のうち、後ろの組織が大きく格好のよい3機だけを選んで飛ばして、これが空中戦のパフォーマンスです。凄いでしょう・・・といっているだけだ。この3人はただ水平に飛んで着陸することしか出来ない程度かもしれないが、大きな組織がバックについて、飛ぶだけでさくらが拍手と歓声を送るのだ。

その上、他の機体は一切飛ばさない。頑張ってもパイロットが機体の前に立っているぐらいである。最悪の場合は、残り18機がエントリーしていますが、今日来るようにも伝えていませんと言っているようなこともある。

これが、曲芸飛行の大会で、世界大会出場がこれで決まるとしよう。そのど素人の3人しか飛ばない空中戦で、決まった選手は、世界で活躍するだろうか?もし、それを多くの人が見学していて、残りは飛びませんといったら、大ブーイングであろう。

それを、空中戦と呼んでいるのが、いわゆるメディアが言う”政治のプロ達”と呼ばれる専門家である。本来空中戦と言うには、他も同等程度に露出しており、その中で知名度がある人が、自分の名前を中心に売り込みをかけることを空中戦と呼ぶ。

しかし、政治の報道ではそれが普通に行われ、空中戦の一番の花形であるテレビや新聞は、主要な候補中心である。それでは、本来の政治家を選ぶプロセスにはなっていないことに、国民(今回は都民)も気がつく必要があり、本当は怒りを顕わにしても良いのだ。特に都民は、そうあるべきだろう。


<右だ左だ、嘘だの前に・・・配分の拙さ>

正直、日本の政治を悪化させているのは、国民ではなく、情報媒体特にテレビ報道かも知れない。これは、票読みが多すぎ早すぎることにある。即ち、最初の段階で票を読み、その票に合わせて報道しているのだろう。結果的に、最初から票数が高いと思われる人ばかりが、報道の中心になっているように見える。そうなると今後も選挙は、ずっと有名な候補者か、特定の党中心であり続ける。必ず民進党だったり、自民党だったりするのだ。

本当に、危惧して無所属でも立ちたいという人は、絶対に当選しない時代になる。
それこそ、政治への期待が下がり、候補がいない理由になるのだ。投票率60%として、残り40%が投票に行かない理由の5割が良い候補がいないだと仮定した場合、その他の候補を取り上げるだけで、その半数ぐらいが、残りに入れて投票率は上がるかも知れない。

そういう意味でも、責任というのがメディアにはあるのだ。有権者が行かないことだけに責任がある訳ではない。それだけ、報道には重い責任があることを、テレビ局や新聞社はもっと考えるべきだと思うが・・・。


<政治家になりたい人より政治屋になりたい人が勝つ>

政治家になりたいという人は、結構いる。しかし、最終的に本当に政治力がある人は、政治家を目指さない。なぜなら、政治をしなくても社会でやっていけるからだ。一方で、政治家になるには、組織票を取り込まないと難しいからである。市議会や区議会など下からなり上がるにも、無所属だと今や国政まで上がるのは難しい。

それは、結果的にメディアが、組織選挙を中心にニュースにするからである。個々人は見ないのだ。その結果、政治家になりたいと思っていた若者は、年齢を重ねても、政治家にはならない。政治力があっても・・・。

政治家になるのは、政治屋になりたい人だろう。芸能人などは、当選しやすいから望む傾向が強い。少なくとも、4年は不祥事でもしない限り、議員報酬があり安泰である。それが、現代日本の政治であると私は思う。

虚しいことである。この流れは、情報媒体が意識を変えてくれない限りは変わらない。情報媒体が先に気がつくことを望んでいるが・・・今の状況では、人々が文句を言わない限りは、媒体が変化することはないのかもしれない。


そして、無関心層が増えるのは、政治屋が当選することが、目に見えているからかも知れない。
やはり、予想通り・・・メディアは前の知事選について、何の反省もしていないかったことだけが、この選挙では分かりそうだ。






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