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zoom RSS 広告だらけの情報メディアと、逆手にとって社会を動かそうとする人々

<<   作成日時 : 2016/06/01 12:52   >>

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最近IT Mediaのこの記事がずっとトップ記事に上がっている。読んでみたが、Webサービスがほとんどだろうとか?バックアップが云々という話が多い。まあ、これに対して社会が思うであろうことは、Webサービスばかりなら、Linux Distributionで好きなものを選んだ方が良い、面白い記事が書けるという話や、デスクトップ版のWindowsはWin32/64アプリケーション資産があるからこそなどとツッコミどころがある。

これもコラムだと思うのだが・・・、マ社視点に見える。別にそれは主観としてそういう人もいるだろうが、ギリギリのシーズンに入ると、説得力に欠ける。なぜなら、今残るのはアップグレードに戸惑う人と、敢えて更新しない人に分かれるからだ。そして、当初からWindows10を使っている人で、積極的に使っているなら、いくつか問題が起きている人もいるだろうが・・・。
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1605/31/news044.html


<アップグレードを未だにしない人は、しない理由がある>

アップグレードをしたくない人は、世の中に沢山いる。例えば、Windows7でしか動かないアプリケーションを使っている人。例えば、ミドルウェア環境の都合で更新できない人もいるだろう。

一方で、ライターや個人なら、使用感や信頼性、安心感という部分と今自分が使うアプリケーションが動くかどうか”だけ”で見れば良い。マイクロソフトがアップグレード策で失敗したのは、バックアップ策ではなく、強引にアップグレードを強要した結果である。

重要なのは、アップグレードを未だにしたいと思わない人に、どうすればして貰えるかより、何故しないのか?何故出来ないのかを考えなければならないのだ。


<きっとアップグレードを試したい人は、記事を書かなくてもする>

これは、アップグレードを試したいと思っている人は、ギリギリになったとしてもアップグレードを一度は試すことを意味する。大半の人は、試すだろう。だから、ある意味では、放置していても問題ないのだ。

ちなみに、私は昔Windows7が8になるときに、8が出る前の数ヶ月無料アップグレードのキャンペーンがあったが、登録しなかった記憶がある。プレビュービルドでの8の使い勝手が本当に悪く、これは選べないと思ったのだ。
Windows10ではたぶんちゃんと動けば、そこまで支障が出ることはない。むしろ、7よりも快適に動くかもしれない。

試したい人と試したくない人の差は、一般にここにある。
拘りがある人は、やらない選択も選ぶし、次に買い替える予定があり、7や8で最後まで使い切り、買い替えたいと思う人は、その必要を感じない訳だ。

一方で、これから長期にわたって今のPCを使いたいと思う人は、アップグレードを一度は試そうとする。後は、コラムを読むかどうかだ。少なくとも素人は余りこういう記事は読まない。


<広告が多いメディア>

多くの情報メディアは近年、広告連動・迎合型が多い。例えば、ニュース番組で最初に、○○の記者会見という名目で芸能ニュースが流れるのは、その人を売り込むための、CMのようなものだ。これで、番組知名度や映画の知名度などを今後上げるのだろうと予測できる。しかし、それがニュース(報道)ではないかと、言われると芸能ニュースとして扱うことが出来る。問題は、誰がどこまで欲するかという程度の差である。最近は、視聴率が高い某局などは朝から晩までその傾向が強い、世の中もそれを喜んでいることが分かる。

例えば新聞なら、以下も一種の広告であるが、全体比で見ると実は昔は経済面にも書かれていなかったような記事が、今は凄まじく多い。一方で、事件事故や政治は大きな見出しを除けば少ない。どの社も・・・。
http://www.asahi.com/articles/ASJ5V5J6TJ5VUTIL02Z.html?iref=comtop_8_01

流行というものを、テレビなどで追うスタイルだが、売れているのか、売りたいのかよく分からない。そもそも、ニュース情報番組も多くは流行というが、それはその名を冠した広告である。CMも広告なら、全体としてステルス擬きマーケティングも良いところなのだが、世の中ではそれに気がついている人は相対的に少ないようだ。メディアはそういうマーケティングはしないと思っているのであろう。

最初の話で言えば、Windows10は素晴らしい。アップグレードはタダで出来るが、間もなく終わる。今しかない急げ!。アップグレードは簡単です。30日間は元に戻せますと・・・。その勢いでメディアが迎合すれば、Microsoftも人々が欲していると思ってしまうかもしれない。その後、問題が出てくるとトーンを修正する。・・・ような軽いノリである。

メディア側から見れば、自分たちは、先にアップグレードが完了して、上手くいっていたり、またはアップグレードが危険な機種を選別しており、アップグレードしない対策が終わっているからかもしれない。

そうだとしたら、彼らは、その設定を自分で出来る訳だ。多くの人が欲する情報は、アップグレードを止める手段であったり、アップグレードでどんなソフトやハードが動かないかを調べて上げることであり、いつまでに無料サービスが終わるという危機感を教えて貰うことではない。有益な情報というのは、本来メーカーが広告として出しているものではなく、その情報を信じて行ったときに、どういう事態が起きたか、そしてどういう製品は更新してはいけないからと、対処したかを、伝えることである。

それが有益な情報であり、トラブルというニュースかもしれない。そこが本来の視点である。
そう、即ち個性がないのだ。皆横並びに良いことばかりになっているのだ。


<広告型ビジネスの蔓延はトランプ政権を生み出す>

今、世の中は広告を使うビジネスモデルが主流である。
バナーを張ったり、番宣をする芸人を番組に呼んでといった手法だ。確かに、それはビジネスとしては一挙両得に繋がる面白いモデルである。これは、昔からある程度はあったため、それを完全否定するつもりはないが、ただ、今ではほとんどがそうなった。そして、それは社会的に熟慮して善し悪しを考えるという点について、人々の社会性や文化性を押し下げる悪因にもなりかねないか、なり始めているように見える。

これは、商品Aを売るために番組や雑誌αで紹介するというビジネスモデルで考えると分かり易い。必ずαではべた褒めされるわけで、商品Aと同様の商品Bを比較して客観的な違いを見ることはない。(詳しくは後述する)

それは、迎合という広告であり、他より圧倒的に凄いと理解出来るわけでもない。もし、ニュースとしてそれを流すなら、あくまで商品がいつ出るか、どこに出るかだけで良いのだ。そうすれば、お試しで選ぶだろう。一方で、先にイメージを与えれば、前使っていた商品と同じでも、良いという先入観が入る可能性がある。その時点で、広告になる。

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結果的に、それが多様性を引き下げる。もし、比較するなら同じ良かったでも、Aさんの良かったと、Bさんの良かったでは違う。何と比較して良いか、一方でどこが課題かは、分からない。難しいのは、この良かったの内容を、こういう広告モデルばかりで、果たして人は養えるのかという点である。家族や友人が積極的にそういう話を全てのジャンル、分野でしてくれれば別だが、たいていの場合は最初に、それを養うのは、新聞、書籍、テレビなどである。

そういう表面で終わる軽いものになる。結果的に、その製品が合わないと思う人が大量に現れると、大炎上する。
物を見極める目というのは、人それぞれにある。目的が違えば、見極め方も変わるわけだ。

一方で、今の社会が行う製品の紹介は、表層過ぎるシーンが多い。私は、よく山田祥平のRe:config.sysをここの記事の題材にするが、課題がないサービスは世の中には存在しない。それをただ素晴らしいと言わないことが、面白いからである。こういうものが、コラムだと私は思っている。
騙される奴が悪いと言う人が世の中にいるが、これは、良いことばかり言う奴には必ず裏(その人が利益を上げる仕組み)があるという意味である。

だから、これはそうかもしれない、これの解釈は私とは違うと書くこともできる記事が大事なのだ。


ここで一つ面白い話をすると、トランプ氏は人々がこの流れを喜ぶことを使っている。

彼は、自分が過激な発言をすればするほど、メディアが取り上げてくれると、述べていたという。だから、支持率は上がると・・・。これも、メディアの広告商法を逆手に取ったものだ。しかも、人々の心理まで上手く使っている。今の政治家に期待していない。メディアは、それなのに今の政治家の方を評価する。メディアは信用できない。トランプ氏は危険とメディアは述べる・・・そうすると、メディアに露出度が高いトランプ氏の知名度は上がり、彼は経済でも、メディアでも、政治でも世の中を変えると思う人が生まれる。
知らなかった人が知るという点でも、トランプ氏は成功を収め、この未知の人材に賭けようと思う。

これは、広告型ビジネスモデルの弊害である。人々は、表層の言葉と、自分から見たメディアの信用度を客観視して物事を判断している。善し悪しが政治の中身や外交の現実ではなく、パフォーマンスで見られるようになるのだ。日本では、もう10年以上前に出現したワンフレーズ選挙の手法である。

商品でも、同じでこのAジュースはB社のジュースに比べて味の深みがある。というのと、このジュースは他のどのジュースより美味しいというのでは、どちらが上手な表現かということだ。

広告として直感で売るには、後者である。これは誰がのんでも美味しいと思えるように見える。これを、自分に合わせたときに、良いかどうかは分からない。不味いこともある。即ち、人に伝える中で的を射ているのは前者である。B社はあっさり、A社は濃厚だったり、香りがあるのかもしれない。それが他より美味しいと思うかは、人々の好みである。
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ただ、上記を見れば分かるだろうが、ビジネスとしてみれば、広告型は今の経済社会では、経済的なマイナス面はないのだ。あるとすれば、人の感性に対する語彙力や表現力の醸成には、マイナスになる可能性があるかもしれない。というとても、根拠の弱い話になる。

もしも、それがあるとして、その表現の差を理解出来ない人が増えていけば、結果的に上手な表現をしている人でさえも、まともな人に見えなくなる。その結果、まともな人が馬鹿を見る訳だ。
単に、美味しいと言う人の方が率直で分かり易いだろう。しかし、そうやって動かした人は、不味かったときに批判する。しかし、そういう人々は、美味しそうだから飲んだ訳だ。自分の責任であることは忘れてしまう。そこが、いわゆる語彙力や表現力の醸造であり、それを読み取る力の弱さに繋がる。

そして、そういう報道が選ばれる社会になれば、報道もそういう誰かをよく見せ、誰かを悪人にして強く褒め、突然叩くスタイルに変わる。

まるで、株価が急騰急落で上下するように・・・。

情報を選べる世の中になり、今情報の多くは、広告モデルのビジネスが基盤になりつつある。新聞社もWebでの無料配信もあり、PVを増やし、連動型広告で稼ぐ。即ち広告効果の価値が大きくなるようにタイトルを付けざる終えない。近年は、Youtubeで撮影された映像を、番組にするケースもある。全て広告モデルだ。テレビは昔から広告だったが、テレビの中でテレビ番組のCMや、役者のCM、さらにニュース内で商品の流行CMをするほどになった。


この流れが変わることは、暫くないと思われる。
自分で表現からおいしさ、良さ、悪さを考えたり、一次媒体を自ら探すより、誰かが流した情報を見るだけの方が、楽だからである。

しかし、それに甘んじていると、必ずそれを逆手に取る人が現れ、結果的に不幸に陥るかもしれない。情報は今や広告モデルの社会である。だからこそ、受け取った情報が例えニュースであっても広告が多いのか、それとも時事のしっかりした情報なのかは、自分で見極めなければならない。

そして、もし見極められるようになったなら、多くの人は情報の大半が、広告誘導であることに気がつくかもしれない。それを、上に立つ賢い人々は活用しているのかもしれない。

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