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zoom RSS 普天間問題を抱える沖縄で、米軍属が殺人事件という衝撃

<<   作成日時 : 2016/05/20 08:50   >>

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基地がなければという話が出るのも当然である。今の時期にこういう事件が起きればどうなるかは、米軍も米政府も日本政府も分かっているだろう。しかし、その場に派兵される兵士には、それが伝わらないというのが、浮き彫りになっている。
http://mainichi.jp/articles/20160520/k00/00m/040/011000c


<軍属の管理は難しい>

軍属で特に、外地に派兵される兵士の管理は難しいのは確かと思われる。言葉や文化の違いがあり、さらに軍属は比較的闘争心が強い。場合によっては、軍人としての誇りや優越(軍隊として国を守っているという気持ち)があり、それ故に自分には特権があると勘違いする人もいるはずだからだ。

しかも、部隊によっては訓練も厳しく上官命令は絶対である。そこで一部が、外で羽目を外す以上に犯罪に手を染めるという流れになるのであろう。どのように、この問題を解決していくのかを考えなければ、今後もこういう事件は、起き続けることだろう。

今後は、さらに軍属のメンタル管理とストレス発散、そして犯罪抑止の教育に力を入れないと不味い。

<沖縄に基地は必要なのか>

沖縄の基地は、現時点では、日米にとって中国の太平洋進出を抑制する抑止力として地理的に必要と考えられている。沖縄の基地に航空、海軍航路があるだけで、中国への牽制が出来るという考え方が出来るからだ。

一方で、沖縄の産業振興を考えると基地は必要という発想もあるが、こういう事件が起きればその発想を語れば、余計に状況は悪くなる。命あっての物種という慣用句があるが、痛ましい事件が続く中で、産業振興と命とどちらが重要かという話が出てくる可能性は高い。もっと言えば、金をばらまいたところで、今や本土でも、企業が最高益になっても、我が家には恩恵がないのですがという程度の時代に、札束をちらつかせても、県民に恩恵が巡っているとは思えなくなっている訳だ。

現実にどうなるかは別として、今喫緊の問題として、この事件がクローズアップされる。結果的に、怒りはより大きくなる。地理的な距離など関係なく、今そこにあるのは、尖閣問題などがあっても、沖縄県民を拿捕したり、殺害することもない中国人民軍より、米軍の事件になり、基地は、彼らにとっては必要ではないという見方になる。

即ち、今後の基地の必要性は、国の国防政策次第であり、他国が突如侵略戦争でも始めない限りは、基地を必要だと思う声は増えないと思われる。


<基地負担を続けても、続けなくても続く沖縄の基地問題>

この問題は、基地が完全になくなれば、今度は経済や社会における別の問題にすり替わる可能性がある。本気で、基地撤廃を進めるなら、経済的に国に頼らない振興策を掲げなければ、後で困るのは沖縄県民である。基地撤廃、金は使うではなく、基地撤廃、国からの交付金は徐々に受け取りを拒否するという政策が必要になる。

一方で、基地負担を続ければ、事件が今後もおき、徐々に両政府もコントロールが困難になる恐れもある。今の政府の方策では、どこかで、米が軍を下げる可能性が高い。そうなれば、今の沖縄防衛は自衛隊と、海上保安庁の強化で補うことになる。最低でも、数千〜万の自衛官の追加が必要になるだろう。少子高齢化時代に、それだけの人を増員して集めるのは、容易ではない。

これが、次の基地問題となる。

中国の経済が不安定でどうなるか分からない今・・・非常に日本や沖縄の将来にとっては厄介な問題である。


<魔王でも善人、勇者でも悪党が沖縄の今>

世間で悪党と呼ばれる人でも、自分にとって人畜無害であったり、自分に良くしている人、いろいろ手を貸してくれた人は、善人に見えるということだ。一方で、もし世間では英雄や勇者だとしても、その人に無実の罪の家族が葬られていたら、あいつは本当は悪党だと語り継ぐ人もいるだろう。

決して多くはないが、表が正義、裏は悪、表は悪で裏は正義ということもなかにはあるのだ。基地問題は、それに近い。要は、基地があれば侵略という問題の抑止として安全を担保できるというのが、世の考え方だが、そこに住む人々から見れば、侵略は今そこにある米軍基地が既に侵略であり、しかも抑止と言うが、仮想敵国は75年間攻め込んでいない。もっと言えば、事件を起こすのは守ってくれている側の人々である。

そういう考えで見ると、沖縄県民の立場は理解出来るはずだ。

後は、それを理解して、基地撤廃を求めるか?それでも、米軍基地は必要と考えるかの違いだろう。


どちらにしても、これは日本の防衛構想と米国の防衛構想、さらに僅かながら欧州連合軍との関係や防衛装備にも影響を与えると考えられる。そのため、常識的に考えれば、すぐに撤退は難しいだろう。
一つだけ確かな点があるとすれば、米軍はきっと今の状況が続けば、いつか沖縄からさらに大規模な撤収を始めるということだ。その後に、沖縄県が交付金がなくて困るといった発言をしてはいけないということだ。


<感情で世論が動くと未来に反動が来る>

経済的な自立を進めなければ、やはり基地があった方が良かったと、世論が逆転する可能性はある。基地がある間に考えて、実行を始めなければ危険なのである。これは、感情論の怖さである。感情で仮想敵を作ると、その仮想的の排除ばかりを考える社会になるのだ。特に、市民は先のことは上の人が考えていると思っている。だから、目先の問題を見ている訳だ。それに、上の人間が同調してくれると、先には問題もなく明るいのだと思う習性がある。後先を考えず、なければそれだけで幸せになると思い込んでしまうのだ。


これは、米国の2003年イラク戦争で国民が支持した大義がなかったことと似ている。シリアは酷いことになっている。よかれと思ったアラブの春は・・・未だにテロを生む。政治的に感情を誘導して敵を作ると、それがなくなるだけで全てが解決すると思う訳だ。

しかし、その先に過半数が同意してくれるであろうビジョンを持っていなければ、支離滅裂になり、停滞する。場合によっては崩壊や衰退が待っている。そこを、見据えて今から準備しなければ、後で県民の過半数が不幸になることもあり得ることだけは、理解しておかねばならないことである。


過激な主張をする人は世の中に増えている。感情で世間を揺さぶる人やメディアもある。しかし、それはあくまで点で人を動かし始めるまでの手段でしかない。欠点も含めて広く全体を俯瞰する面や、この先を長く見据える線ではないのだ。
感情で動かした後の社会がどうなるか見据え、さらにその先に起きるであろう対策を先に始めることが出来なければ、一度ふくれあがった感情を止めることも、感情をコントロールして安定させることも難しい。

感情の怖いところは感情で動いたことが、失敗だったと分かると、急速に失望がふくれあがることだ。感情は上に大きくぶれるほど、下に落ちるときも垂直に近いペースで落ち込む。

今回の事件は、この方向に一歩進んでしまったように思う。とても残念なことであり、哀しい事件である。
外国軍基地があるというのは、政治面でも経済面でも、社会面でも難しいのは、確かだ。今後出来る事といえば、日米両政府は今後、このような事態が二度とおきないようにという発言ではなく、二度と起こさない、起こさせないように、徹底した対策を練り上げ実行するしかない。

出来ないなら、現状を見ると、沖縄からの撤退を早めることになる可能性もある。それまでに、政府として早急に別の土台も検討しておく必要があるだろう。沖縄県や県民は、求めているからには、基地負担がなくなった後の、振興策を探る必要がある。

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