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zoom RSS 認知症治療薬(改善薬)の功罪と、患者や家族に必要な行動

<<   作成日時 : 2016/04/04 10:06   >>

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認知症の治療薬(症状緩和薬)にアリセプトという薬があるのはご存じだろうか?

脳内のアセチルコリンを調整(厳密には増やすために、分解作用を阻害)する薬である。アセチルコリンは副交感神経を主に刺激する作用がある。神経伝達物質として、脳の活動を活性化する効果が期待出来る。

これには有効成分3mg、5mg、10mgの3種類があるが、人によって服用開始数ヶ月の間に妄想や易怒性(怒りを顕わにする)を発症することがあるのは、薬の副作用には書かれていない。興奮という文字に入っているのかもしれないが・・・認知症の症状と、薬の因果関係がはっきりしないのか、易怒は入っていないのだろう。


実は、この薬を親族が家族も知らずに飲んでいた。病院から処方され認知症と診断された結果、飲んでいた訳だが・・・たった数週間で容量が3mgから5mgになり、その後、数ヶ月で人が変わったように怒ることが頻発した。金を取られた。金が無くなった。夜になると家族が何かをしていると・・・。激怒するわけだ。

この薬は、認知症の初期に使われることが多いようで、同様に今や動くこともできない他の親族も飲んでいたようで、これを飲み始めて、数ヶ月後に同様の症状があったようだ。しかし、認知症と言えばそういう症状があるものと、思っていたため、認知症が進んでいるものと思ったようだ。後者は、すでにその薬は効かないとして別の薬になっていた。


この2つのケースは今年に入り大きく変わる。最初の人は、たまたま私の耳に話が入り、薬に問題があるのではという話になったわけだ。実際に薬を止めて数ヶ月経つが、怒り狂うこともなくなり、むしろ普通の生活を送っているようだ。認知症の症状はやはり多少あるが、怒気はなくなった。人の名前が出ないとか、そういう不自由がある。それは周りが気にかければ良いことであり、悪くはない。

もう一つのケースは、認知症の専門医がデイケアでたまたま症状を見る機会があり、すでにアリセプトでは無かったがこの薬は合わないので、主治医に相談してはどうかと言われ、結果止めると少し認知が改善したようだ。


<認知症治療薬などまだない。認知力を僅かに保つか一時的に改善するだけ>

認知症は2016年現在、薬や治療で治る病気ではない。そのため、薬を処方して症状に抗えるかというと、必ずしもそうではない。

治療に適正な薬であれば効果が期待出来るが、それも症状が徐々に進行すれば効かなくなる。すると、薬が増えていき、結果的にある時点から認知能力を大幅に悪化させることがあるように見える。認知症の患者は、自分の症状の進行を判断できない。だから、客観的に周りが見て判断するしかないが・・・たいていの場合は、周りにそういう判断できる人がいないか、またはいるが、気がついていない。結果的に、薬だけが増えていく・・・そんな治療が今はまかり通っているのではないかと危惧する。

昔は認知症の患者など脳血管障害や腫瘍などで脳に損傷を負った人を除けば、それほど多くはなかったはずだ。ただ、ちょっとずれたお年寄りは確かにいた。昔の話ばかりする人や、さっき話したことを繰り返す人はいたのだ。それが当時の痴呆症(現在の認知症)だったと思われるが、彼ら彼女らは、町医者に通うことはあっても、当時における大きな病院にも通っていなかったため、認知症とは診断されず、しかし普通の生活は何とか出来ていた。


もし、多くの人が薬を飲まなくても、このレベルで人生を暮らせるとしたら・・・認知症でも、施設で介護されるまで悪化しないとしたら、この医療は間違っていることになる。製薬会社や医療機関が稼ぐためのビジネスである。もちろん、進行が早いものもあり、それには薬が必須になるだろう。本来は、そういう人に薬が必要であり、全員が使うものではないのかもしれない。そう感じたのがこの薬の中止だった。


最近は年々認知症と診断される人が増加し、薬を服用する人が増えている。最後には、施設に入り、自分が誰かも分からない。動けない人もいる。ある認知症の患者を看取った人が、最後まで自分は分かると言っていたケースがあったが、全く自分も周りも認知が難しくなるほど悪化する人もいる。認知症でいくら家族が側にいても、進む人は相当に進むことはあり、人それぞれに進みの度合いは違うのだ。そして、その症状が一気に進む一端が薬にもあると感じた。

本当に、患者本位の治療が行われているのか?それとも、単に薬価を稼ぐために、患者を薬漬けにして、認知能力を下げて儲けているのではないか?と・・・。もちろん、専門医として指摘してくれる医者もいるが、そうではない医者の方が多いのではと思ったのだ。(実は、最初の方は脳神経外科の医者で、認知症の認定医でもあった)


医療の質は向上しているように社会では思われているが、現実は医療が社会を豊かにしているかというと、疑問符がつく。国民皆保険医療制度は、全額医療保険の掛け金によって賄える状況にはなく、国費が投じられているのもその一つである。結果的に、他には財政が回せなくなる。即ち、医療に資源が投入されるわけだ。
一方で、薬の服用が増加している。認知症の薬は飲み出せば患者本人(または家族、後見人)が希望しない限り・・・止まらない。


これは、皆が皆に言える話ではないと一応書いておくが、実は医療関係にいた側として言えば、認知症に限らず、透析医療(腎臓障害)、抗菌剤投与(多剤耐性菌の増加)などでも言えることで、一部に金を稼ぐため、抜け出せない医療や、過剰な医療資源の投入があるのは、医療に関連した職場に勤務したことがあれば、察することが出来るほど知られている。

それを、そろそろ探して指導(もしくは処分)しないと、医療費はドンドン増えるだろう。そして、本来医療をそこまで投入しなくても、普通の生活が送れる人が、逆に死ぬまで、医療を投入され続けるケースが今後は増えていくのではないかと危惧する。

医療は本来、患者を救うためのものである。しかし、今ある医療は、どこか機械的で経済本位に見える。
機材や薬品が充実するのは確かに心強い面もあるが、最先端のシステムを運用管理してきた身が言うのも何だが、機材や薬品を信用しすぎて、社会も医者も自分の目で医療の本質を考え、必要な医療資源のあり方を考えることは忘れているのではと思うのである。


<薬が生み出した長寿と、薬に頼る社会の弊害>

医療の進歩によって我々人は、長い寿命を手に入れたと言える。その一方で、今度は薬や機材が人としての本来の生き方を壊す可能性も出てきている。それは、経済成長が鈍化する社会において、今後は医療や介護が市場を牽引するだろうという発想にも見えるように、医療が人を救う善意から、薬や医療機器を売るビジネスへと変貌を遂げつつあるということを考えれば分かり易い。

もし、それが薬の量を増やし、機材の利用を増やしているとしたら・・・それが結果的に害になる部分もあるかもしれない。特に、近年は認知症が増えるから介護施設が増えるという話が多い。そもそも、重傷認知症患者が増えないための対応を考え、自立的に生活できるようにサポートできることこそ医療や介護の心髄のはずだが・・・今後も増えていくとなっているのだ。昔は、それほど言われなかった認知症が何故これほど増えるのか?
生活がままならない患者が増えるのは何故か?そういう焦点はあまり見られない。

少なくとも認知症に対する医療や介護のあり方は、最後は自分で何も出来なくなる前提の方が大きく、結果的にそうなるように仕向けられているように見えるのである。本来、誰もそうはなりたくないから、薬を飲んででも、抗うが・・・それを治療し進行を遅くするはずの薬を作る会社や、政府がそうなると予測している時点で、自己矛盾が起きているように見える。普通は遅延薬があれば亡くなるまで、自立が維持でき、1割でも2割でも認知症要介護者は減るのだから・・・。


<患者や患者の家族が医療に向き合う姿勢が大事>

尚、自分や家族の判断で、勝手に薬を止めれば皆の病気が改善するわけではない。今回は、専門医や精神科、脳神経外科を別にいくつか受診し、主治医に確認して、薬を打ち切ることになり、その後症状が出なくなったという話である。医者との間でのコミュニケーションは今でも続いているし、経過観察は行われている。

即ち、医療と患者、家族が連携し納得した対処をしたという話であり、別に飲まなくても良かったという話である。

医療がもしビジネスだとすれば、投薬や医療資源が過度になっていないかを確認する目が、これからさらに必要になるだろう。昔のように、患者のための医療を全ての医療機関が行ってくれるとは限らないだから、患者側の立場でそれを見極めなければならない時代なのだ。

もしも、自分の親兄弟などが認知症だと分かったら、一度一緒に受診し、どんな状態なのかを知っておき、おかしな症状が出たときに、すぐにその医師に相談し、投薬や治療方針について相互で共有できる状態を作るのが妥当だろう。


精神や脳に作用する分野の医療は、とても難しいと言われる。腫瘍など目に見える病なら別だが、認知症は、その人の心や記憶を阻害していくことが多く、それまでの性格ががらっと変わることも多い。そのため、介護殺人などもよく起きる。

実際に、やってみないと介護の苦労は分からないというのは、その人の日常が崩れ、その人の性格がその人ではなくなっていくからだ。周りから見ると、愛おしい人が崩れていくことほど辛いことはない。医療や介護はその負担を軽減しようと助けてくれるが、全てが患者や家族にとって優しいとは限らない。

だからこそ、気になる治療などがあれば、積極的に他の医療や、他の人の意見を参考に、医師や介護機関に相談することも大事になる。


医療がビジネスになることを否定する気はない。ただ、患者の多くは医療がビジネスになっていることに気がついていない。医者は、きっと自分にとって最適な医療を提供し続けていると思っている。しかし、医者の一部は、お金(医療資源の投入に対して利益の大きなもの)を重視しているのは、事実である。だからこそ、特に認知症など本人が経過を理解できない病は、家族や親族が客観的に状況を判断するのが妥当だ。それを怠れば、病気が進行することもあるかもしれない。








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