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zoom RSS 「年金は破たんする!?」はウソです・・・破綻しているが正しいです。

<<   作成日時 : 2016/03/28 10:12   >>

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こういうのは、ただ一つの視点で見ると、それ自体が誤りになるのだが・・・確かに、今後も年金制度が破綻する可能性は低いが・・・。国が破綻しない限りは・・・。じゃあ、国は破綻しないのかというと、分からない。まあ、今の時点ではその可能性はまだ低い。何年、何十年というスパンは私は未来予知はできないが、その兆候が出たら、一瞬で終わることもある。

破綻していないから安全なんだは、ただの頭の固い学者の考え方である。バブル景気がそうであるように、破綻する瞬間は突然やってくるのだ。そして、復活する瞬間も突然やってくる。どちらも、ちょっとした転換点で生じるものだ。


そもそも、年金は破綻するではなく、すでに本来の仕組みなら破綻済みである。それを延命にしているに過ぎない。

なぜなら、現在の年金制度は一般会計から出資される国庫負担(厚生労働省)からの財源が1/2程度(国民健康保険の基礎部分)と、年金保険料収入が過半数以上、それにGPIFの運用利回りが数パーセントのミックスで賦課+積み立て方式を採用しているからだ。

GPIFが、株式や債券で運用している部分は、年金積立金の一部と僅かな部分だけであり、すべてではない。
https://thepage.jp/detail/20160325-00000011-wordle

問題なのは、この国庫負担の部分だ。当初の年金制度は、現役世代の賦課方式と積み立ての2つを直接的な国庫の負担なしに行っていた。しかし、現在は、保険料不足分を国庫で負担するようになった。その割合は1/3、1/2と増え続けている。これは、現役世代が減少し始め、逆に高齢者が増えたためである。即ち、相互扶助の保険制度(賦課方式)としてはずいぶん前に「破綻」したわけだ。


年金の給付年齢が引き上げられる理由は、この国庫負担も保険料負担も年金受給者への支払い金額に対して、増やせないからである。元々、現役世代の保険料をすべて、それ(GPIFの運用)で補うことが出来れば問題は無い・・・また、運用益だけが毎年の支払いに回せるなら、それほど楽なことはないが、そもそも、GPIFが回しているのは、賦課のすべてではないのだ。あくまで、上澄みがGPIFの運用なのである。

そのため、GPIFの運用が黒字で、年金の賦課部分が破綻していないという発想は成立しないのである。



本来の年金制度ならもっと以前に破綻している。ただ、それが起きないように国庫を加えて救済したから、今も継続しているのだ。そして、国がなくならない限り、制度的に破綻することは今後もないだろう。なぜなら、法改正をして、賦課部分の国庫相当額を増やせば、いくらでも年金は増やすことが出来るし、給付年齢も変更できるからだ。しかし、当初の賦課制度での年金給付という点で見れば、破綻するではなく、破綻した制度が正しい。

ちなみに、社会保障は医療も含めて、こういう賦課方式の不足分をすべて国庫で補っている。だから、少子高齢化が進み、デフレが進む間は日本はプライマリーバランスが黒字にならない。

ここを理解出来ていなければ、年金や社会保障の問題、社会保障と税の一体改革と呼ばれる改革が求められる理由は、理解出来ないだろう。アベノミクスが評価された理由も、結局はこの社会保障に手を付ければ、支持率が下がるからだ。経済が高齢化の速度より高い成長するか、インフレ率が高いスピードで進めば、税(消費税など)は増え、社会保険料の値上げも出来る。

そういう戦略をとろうとしたが今のところうまくいっていない訳だ。
状況としてみれば、国庫が赤字になるのは、社会保障のせいでもある(他にも理由はあるがほとんどがこれ)。しかし、それを訴えても、政治家は支持率を取れない。何せ、メディアは破綻するかしないかしか記事にしないからだ。本質には一切触れずに財源は人を減らせばとか・・・そういう部分だけを見てしまう。現実には、それより深刻な状況に向かっていても国民は、信じてくれない訳だ。だから、社会保障の拡充を訴える。すると、税が足りなくなり、税が増やされる。

一方で、社会保障が増える事で、本来必要なインフラ整備、教育、科学技術振興などの費用は増えない。結果的に、競争力の低下やインフラの老朽化が進むことになる。

そして、もしも社会保障を今削れば、医療関連施設の倒産や高齢者の購買意欲低下が本格的に始まる。即ち、より経済が落ちてしまう。これが、現実であり、激痛とも言えるほどの痛み無くして単純に何とかなる物でもない。

本来は、これについて、多くの国民的な議論が必要だが、誰も口には出さないのである。これは、専門家も自分の研究するテーマの領域が細分化しており、広く浅く状況を紡いで、ここがここに繋がっていると理解出来ていないからだ。要は、債券ディーラーや保険ディーラーはいても、債券も保険も両方を知っている人は少ないというそういう話だ。

分かっていて語らないのか、それとも分からないから語れないのか知らないが、簡単に答えが出るものではないため、二の足を踏むのも現実である。そして、政治家に至っては、選挙で当選することしか頭にない。


<破綻するもしないも見方次第・・・問題は問題の根底を語らないこと>

破綻する。破綻しないというだけの社会保障の論理など実は、問題の先送りをするか、問題を先鋭化するかのどちらかでしかない。本来は、問題の根源として社会保障制度が何によって運営され、どれだけどこに影響を与えているかを知らせることの方が大事だ。その上で、これは治した方が良いと世間が思うか。それとも、今のままでも他の方策で回避する策を探すべきと世間の人々が求めるか?それを、世の中から集めることが重要なのだ。


今の世の中では、結局多くの人が仕組みが分からず、不安を煽るか、安全とただ述べるか・・・その二つに1つの選択肢でしかない。しかし、その多くは、どちらも制度が悪い。これまでも大丈夫だった今も世界は日本買いをするといった発言しか無く、どこがどう繋がり、何がどう影響するかまでは、語らないのだ。

現実の問題点は、点ではなく多くのルールが線や面で繋がり、結果的にループすることで、状況の不安感を生み出している。本来は、何が何に影響しているのかを、一つ一つ結び目をほどくように説明していくこと。そして、人々にどうしたいですかと尋ねることが求められるのである。

<社会は高度システム化で崩れ始める>

まあ、これはシステム化(コンピュータとは限らない)の弊害である。結局のところシステムを構築し、高速な処理、効率的な処理をシステムに任せると、システムDB(データベース)が設計者の意図に基づいて必要な結果だけを算出してくる。最初は、このプログラムDBの統計は、こういう役割で自分が設計したと言えるが、その人が辞めれば、次に使う人はこういう役割らしい。これを、会議で見せれば良いらしいになる。そのうち、その会議で出している資料は、ただの定例数値になり・・・何の数字をどことどこから引っ張り出しているかも、定かでは無くなる。

私が、会議のために作った統計システムは、今そんな形で使われていることだろう。

そうなると、もう意味は無い。自分で考えて、状況を時代に合わせて観測するのではなく、日常として数字だけを出すなら、それの仕組みを知らなくても、仕事をしているという体にはなるからだ。ただ、統計抽出担当者に成り下がる。それが、世間で見る専門家かもしれない・・・。これは、すべての経済、政治市場で言えることである。


体型的な社会システムやコンピュータシステムが生まれたことで、人々は情報と情報を自分の中で組み合わせ、この原因は何か?この原因を解決したらその先にどんな問題があるかまでは、突き詰めることが減っていった。年金が物理的に破綻するか、しないかが議論され、年金制度が何で成り立ち、どこが問題になり得るかは考えない。突き詰めていくのは、困難であり、それをする時間を別の計算に向けた方が楽だからだ。そして、それぞれに突出した専門家がいるため、その人が解決することだと思うからだ。

「いわゆる自分の仕事ではない」のである。

しかし、その結果、保険担当は保険だけ、国際担当は国際だけ、防衛担当は防衛だけしか分からなくなっていく。法務担当は法律だけである。本来は、それら一つ一つが連携して一つの社会を作っており、それらを繋ぐパイプまでしっかり見て取捨選択をしなければならないのにである。
そして、自分がその恩恵を受けるときに、きっとこう思う。誰がこんな酷い状況にしたのかと・・・過去のあいつらのせいだと思うかも。その過去に自分が子供だったなら良いが・・・良い大人だったならその時無関心だった「あなた」である。ただ、破綻するかしないかだけしか目にしなかったあなただ。


その昔、古代文明のマヤや黄河、メソポタミアなどの文明は、今の建築学に匹敵するものも多く生み出しているが、最終的に滅びたことは知られている。実は一部の技術は、その後1000年以上失われた技術として葬られた。今の時代になって考えると、高度技術であったため、人口減少によって優れた技術者の育成が出来なくなったのだろう。要は、使う人ばかりが増え、作る人がいなくなれば、ものは維持できない。
そして、荒廃していけば人は徐々に離れて行く。

皆が、いないことを危惧しても、自分が今の仕事プラスで覚えて、代わりを勤めることもない。もし、それをやろうとしても、素人が手を出すなと言うかもしれない。そういう時代だとしたら。


携帯など優れた技術を搭載した製品は多い。インターネットの技術は理解出来なくても、誰でも無線や有線で他人とコミュニケーションを取れる。凄い時代である。しかし、それを使うだけの人が増えれば、それを維持する力は徐々に失われていく。これが、Lost Technologyかもしれない。そして、今の社会は、それより酷く社会運用に至るまで、すべてが自分の仕事と他人の仕事で区別され始めている。資格は増えても、資格が重荷で実はなり手はいないかもしれない。年金問題などの記事に見られる内容は、そういうただの専門だった人が見た「点」の話だ。

そして、そこからさらに広げた発想まではしていない。自分の領分までしか見ていないのだ。


この年金の記事などを読むと・・・日本に限ったことではないが、この先はとてつもなく厳しい茨の道が人々に迫っているのではと思えてならない。

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